最終章

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最終章

 事前説明の日、その日はクリスマスだった。病院までの道のりを歩いていると、店舗は、クリスマスの飾り付けで彩られていた。 「そっか、クリスマスなんだよな」  周りを見て、クリスマスなんだと改めて気づいた。そうこうしているうちに病院に着いた。父の病室に向かうと僕は、兄が病院に来ると、父に話した。 「京一、来てくれるのか。俺は、あの本を読んで、あいつがどんなに悩んでいたかを知ったよ」  僕は、説明が終わってからになるかもだけれど、兄が来ることを父に話した。 「桂木さん、説明の時間ですよ」  看護師が父を呼びに来た。僕たちは、カンファレンスルームに行った。手術は、人工心肺を介さず行うということと、迂回させるために使用する血管は、内胸動脈(ないきょうどうみゃく)を二本採取するとのことと、時間は、3~6時間ほどと言うことだった。僕は、先生の説明を聞きながら、メモを取った。兄に、手術の内容などを説明するためだ。説明が終わり、カンファレンスルームを出て、病室に戻ると、兄が居た。 「兄貴、来てたんだ」 「ついさっきね」 「京一……」 「父さん……」 「二人だけにしてあげましょう」 「いや、いて欲しい」 「光、いてくれる?」  兄と父が、対峙した。二人の間に沈黙が訪れた、重苦しい空気が流れる。母は、僕の肩をたたき、そう言った。が、父も兄も、僕たちの退席を止めた。 「父さん……私……」 「京一、すまなかった」  兄の言葉を遮るように、父が言葉を口にし、頭を下げた。 「ごめんなさい、父さん。僕は、本来の僕の姿で僕の人生を歩みたかった。これが僕の本来の姿なんだ。ずっと、苦しかった。男で居続けることが」  兄の声が震えている。僕に打ち明けたときよりも、重く感じた。 「京一、本当にすまない」 「五年前、父さんに理解してもらえるように説明せず、家を飛び出して、ごめんなさい」  兄の目から涙がこぼれ落ちていた。父も兄も後悔していたのだ。 「あれから、性同一性障害に関する本を読んだんだ。それからだ。それから、ずっと後悔していた。お前の苦しみも解ろうともせず、ずっと思っていた。お前に謝らなければならないと」  止まっていた五年間が動き出した。兄は、五年間、父と向き合うことから逃げていたこと、そして、その事を後悔していたことを話した。父も同様だった。 「明日、手術は何時からなの?」 「開始時間は、午前十時、時間は3~6時間」  僕は、メモを見ながら、兄に話した。兄は、手帳を取り出すと、手術の開始時間をメモしていた。 「父さん、お店があるから、また来るね。明日、お店休んでくるから」 「わかった」  兄は、二時間ほど、病室にいて。準備があるために帰って行った。翌日、兄は、店を休んで、病院に来た。父は、歩いて手術室に向かった。僕たちもその後をついて行った。僕たちは家族の待合室に通され、そこで手術が終わるのを待った。5時間後、父が手術室から出て来た。病室から運ばれたベッドに寝かされ、ICUに運ばれた。そこで、二日間ほど過ごすとのことだった。父がICUに運ばれた後、執刀医の先生が出て来て。手術は成功したと。リハビリも含めて4週間ほど入院して、後は通院とのことだった。 「無事成功で良かったわ」 「本当、母さん、ごめんなさい。心配かけて」 「いいのよ。京一、あなたが元気でいてくれただけで」 「ありがとう、母さん」  母の言葉に兄は涙ぐんでいた。 「退院おめでとうございます」 「お世話になりました」  父は、術後の経過も良く、3週間ほどで退院することになった。退院の朝、お世話になった看護師さんや、執刀医の先生に挨拶をし、タクシーに乗り込むと、病院を後にした。僕たちの家族は、兄が姉になっただけで、何も変わりはない。 「あけましておめでとうございます」  年が明け、2018年一月、僕たちは、横浜の実家にいた。兄もお店が休みになったため、実家に帰っていた。 「実は、父さん、私、まだ、戸籍上の性別を変更してないの」 「じゃあ、正月休みが明けたら、準備しないといけないんじゃないか?」  父と兄の会話を聞いていた。和解できたのか、ぎこちなさはなくなっていた。 「改名する際、名前は決めているの」 「どんな名前だ?」 「桂木京子」 「父さんたちからもらった名前を残したかったの」  兄は、照れくさそうに笑った。それとは裏腹に父と母は涙ぐんでいた。その後、兄は、横浜の家庭裁判所に戸籍変更の申請をし、変更が認められたのは。一ヶ月後のことだった。兄が姉に変わり、彼氏がいると知るのは、それから少し後の話。-
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