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第一章
僕には兄がいる。運動も勉強もそつなくこなし、顔も良く、周りとも上手く付き合っていける。そんな自慢の兄だった。一流と呼ばれる会社に就職し、順風満帆とも思われる人生を歩んでいた。そんな兄が、五年前、会社を辞めて家を出た-
大学を卒業し、社会人一年目を迎えた11月のある日のこと、部屋で音楽を聴いていると、スマホが鳴った。出てみると、母だった。
「ああ、母さん、どうしたの?」
「光、落ち着いて聞いて、お父さんが倒れたの」
「え、父さんが?いつ」
「一週間ぐらい前かしらね。二人で出かけたときに、突然ね。たまたま居合わせた人が、救急車を呼んでくれて。病院に運ばれて、そのまま入院になったの」
父が倒れた。以前から、体調があまり良くないと、母から聞いてはいたが、倒れるほど悪いとは正直思ってもみなかった。
「母さん、父さん、どこの病院にいるの?」
「港南大学付属病院よ。部屋は705号室」
「分かった、そこなら、電車で向かえるから。今から、準備していくよ」
「待ってるわ」
僕は、電話を切ると、着替えて、髪をざっと整えると、テーブルの上に置いた鍵を手に取ると、部屋を出た。行く前に、病院への行き方を調べておいたので、迷うことなく着いた。僕は、病院に入ると、病棟へ向かうエレベータに乗った、音もなくエレベータが上がっていき、目的の階に着いた。病室に向かうと僕は、ドアを軽くノックすると、「はい」と言う声と共に、ドアが開いた。少し疲れた様子の母が、ドアを開けてくれた。
「光」
「母さん、父さん具合どう?」
「今、寝てるわ」
「そっか」
僕は、丸椅子に座ると、病室を見回した。病室はクリーム色を基調としているのか、寒々しい感じはなかった。父は、ベッドで眠っていた。
「病名なんだって?」
「心筋梗塞、バイパス手術が必要ですって」
母から告げられた言葉に、僕は、唖然とした。父が、体調が悪いと言っていたが、そこまでになっていたとは、思ってもみなかった。。僕と母は、病院内にあるカフェに行った。僕はカフェラテ、母は紅茶を頼んだ。向かい合わせに座ると、僕は母の顔を見た。心労からか、少しやせたように見えた。
「母さん、少し痩せた?」
「大丈夫よ、ちゃんと食べてるから」
「そっか、入院費は大丈夫なの? 僕も、少しは出せるよ」
「それは、大丈夫よ。医療保険で何とかなっているから。ねえ、光。京ちゃんと連絡取ってる?」
「え、兄貴と?五年前に出て行ったきり、僕も連絡取ってないんだ」
「そう、実はね、父さん、『京一に会って謝りたい』って言ってるのよ」
「そうなんだ。ごめん、母さん。僕も兄貴と連絡取ってないんだ」
兄とは、五年、全く連絡を取っていないと言ってもよかった。一度だけ、電話をかけてみたが、携帯の番号を変えたのか、「この電話番号は現在使われておりません」と言うアナウンスが流れるだけだった。
「兄貴の友達とか心当たりを当たってみるよ」
「お願いね。さてと、わたしも帰るわ。光も来るでしょ?」
「うん、できる限り、顔を出すよ。手術の日取りが分かったら教えてよ」
「日取りが分かったら、メールするわ」
カフェを出ると、僕と母は、病室に戻り、荷物を取り、最寄り駅まで一緒に歩いた。アパートに帰ると、僕は、兄の親友である青山さんに電話をした。が、大学を卒業したときに、一度会ったきりでそれ以降、連絡がないとのことだった。
「手が尽きたかな」
青山さんも、付き合いのあった人たちの連絡をしてみると言ってくれた。電話を切ると、僕はため息をついた。母からメールが届いていた。メールを見ると、三日後に一度退院し、手術は医師の都合で一ヶ月後になるとのこと、その間は、貼るタイプのニトロや薬で発作が出ないように抑えることになったと。メールには書いてあった。ベッドに横たわると、携帯プレーヤーの再生ボタンを押した。スピーカから聞こえる音楽に身をゆだね、目を閉じた。
「光」
「どうしたの?父さん」
「俺は、京一に謝りたい。光、頼む。京一を探してくれ、俺は、あいつの気持ちを何ひとつ解ろうとしなかった」
「分かった」
僕は、退院する一日前に見舞いに行き、父とも会話を交わした。面会時間が終わる少し前、僕は病院を出た。
「何とかするとは言ったけど、何をしたらいいんだ」
家の近くにあるコンビニに入ると、ビールと、ナッツを買った。
「何やってんだよ。兄貴。父さんや母さんに心配かけて、何をしたかったんだよ」
僕は、ベッドに腰掛けると、ビールを一口飲んだ。テーブルに置くと、僕は、ため息をついた。手術の日取りが決まったと母からメールが来た。メールには、手術の日取りは、ちょうど一ヶ月後の12月25日に事前説明、26日に手術と決まった。検査のために22日から入院することになると書かれていた。
「26日か、兄貴をそれまでに探さないとな」
ビールを飲み干し、携帯プレーヤーの再生ボタンを押すと、ベッドに横たわり、スピーカーから聞こえてくる、音楽に身をゆだねた。いつの間にか、眠ってしまっていたようだ。音楽も止まっていた。僕は目を覚ますと、シャワーを浴び、Tシャツと短パンに着替え、ベッドに入った。
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