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第二章
「そんなことが理解できるか!」
「父さん、分かって欲しい、僕は僕の人生を歩みたいんだ」
「今、歩んでいるじゃないか。就職もして。順風満帆じゃないか。何が不満なんだ」
「本来の僕として生きていきたいんだ」
兄が家を出る。一ヶ月前のことだった。僕は、後期試験の勉強を終え、一息つこうとリビングへ行こうと階段を下りたとき、父と兄が話す声を聞いた。二人はけんかしているような感じだった。言い合う兄と父、それを見つめる母。僕は、気まずい思いを感じたまま、リビングを通り、キッチンへ行くと、麦茶をグラスに注ぎ、一気に飲み干すと、二階へと上がっていった。兄が家を出て行ったのは、それから一ヶ月後のことだった。
「母さん、兄貴と父さん、なにがあったの?」
「京ちゃんね、会社を辞めてきたのよ」
「会社を辞めた?!兄貴が入ったのって、一流企業で、入社して三年目だろ?」
「京ちゃん、『僕は僕の人生を歩みたい。本来の僕で生きていきたい』って」
「今だって、一流って呼ばれる会社に入って、彼女もいて、順風満帆だろ?」
「思うところがあったんじゃないかしら。ずっと、悩んでいたみたいだったから」
「ふーん。ってことは、彼女とも別れたってこと?」
「そうみたい。彼女とも別れたって言ってたから」
兄が出て行ってから、しばらく経った後、僕は、この時、まだ、兄が何を思い考えていたのか、まだ分からなかった。兄が、僕は僕の人生を歩みたいといった言葉の意味さえも。それが五年前のことだった。この後、僕は、兄が言った。「本来の僕として生きていきたい」この言葉の意味を知ることになった。兄に会って話を聞きたい、なぜ、家を出たのか。なぜ、すべてを捨てたのか。
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