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 伯父は小学校時代のわたしにとって、端的に言えば『薄っぺらいひと』だった。  それは故人である彼を見る機会が残された写真ばかりで、三次元媒体でなかったという単純な理由からとも違う気がする。なんというか、仏間に飾られている遺影の伯父は、よく焼けた肌や端整な顔立ち以外の特徴が感じられなかったのだ。  生気や人間くささのない、見た数日後にはもう忘れてしまいそうな顔。  わたしが一歳のとき死んだのでとうぜんだろうが、ろくに話したこともない伯父についての印象はその程度だった。もちろん面識の度合いが等しい伯母にも最初は同じ印象を持っていた。ただ、遺影でなくアルバムの写真を見たとき、彼女への感想にだけは変化が生じた。色彩のあるL版の写真には伯母の全身が映っていたからだ。  病気みたいに白いひとだなあ。あんまり外に出るのが好きじゃなかったのかな。  カラー情報つきの伯母の姿は、顔や腕や脚といった服から露出しているすべての部分がひどく青白かったのだ。陶磁器さながらに硬質な妖艶さを秘めた肌質だ。しかも。  あとやけに怪我してる写真が多いかも……なんで包帯しょっちゅう巻いてるわけ?  怪訝に思ったのは白すぎる肌ばかりでなかった。どの写真の中においても、伯母は包帯やガーゼといったもので肌の一部を覆っていた。仮にそそっかしくて怪我をよくするひとだったとしても、負傷回数が多すぎではなかろうか。けれど以前、伯父と蝶の標本に関する質問を拒まれていた件もあり、わたしは母に聞けなかった。  周りの大人たちはみんな、慧の親のことを隠したがってばかりね。  実家から母が一冊だけ持ち出したというアルバムは、きちんと人間味のある伯父夫婦の様子をわずかながらに伝えてくれた。包帯だらけの伯母に寄り添い、伯父は数枚の写真に写っていた。彼らは穏やかな微笑みを浮かべていたし、幸せな時間を過ごしているようにわたしには見えた。  深い緑に囲まれた土地で、怪我の治療をする妻を献身的にささえる夫。  ふたりはそんなふうに見えていたので、亡くなった際の詳細を数年後に知ったときは驚いた。事故で死んだ、という大人たちの話はまったくの嘘だったのだ。  日本家屋の裏にそびえる、慧が蝶の採集のため出入りしている大きな山。伯母の遺体はそこに転がっていた。検死の結果、両の手首をカミソリで切ったことによる失血死で、単純な自殺であるのは間違いなかった。ただ、発見時の状況のほうはかなり異様だったらしい。亡骸は衣服をはぎ取られ、制作中の蝶の標本さながらの格好にされていた。  青白い体には無残にも、数本の包丁が突き立てられていた。それをやったのは伯父に違いない、と誰もが即座に判断した。  標本になった伯母の横で、彼女が残したカミソリを用いて、伯父が喉をかき切っていたからである。
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