僕だけのあの子

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「――織田……加藤……鹿島……木之本……九度山……」 「…………え?」  普段通りに出席をとっていた担任が、河垂の名前を飛ばしたのだ。まるで、そんな生徒はこのクラスにいないとでもいうように……。  平然とその後も生徒達の名を呼び続けている担任をまじまじと見つめた後、僕はまたしても教室内をぐるりと見回した。  しかし、誰一人として河垂の名が呼ばれなかったことを不審がる者はいない……僕は、ようやくこれが彼女の悪戯ではない可能性を疑い始めた。  さすがにクラス全員、しかも担任教師まで彼女の悪戯に協力するなんてことはないだろう……とすれば、いったいこれはどういうことだろう?   ひょっとして、何かやむにやまれぬ事情があって、僕にも内緒で突然転校したとか?  いや、それでも他のみんながまるで動じていないことの説明にはならないが、じつは僕以外、事情を知っていて、僕にだけなんらかの理由で秘密にしているのだとか……。  あまり現実味のある話とはいえないが、そんな仮説を立てた僕はいつもより長く感じるホームルームの時間を過ごし、終わって担任が廊下へ出るや、慌てて後を追いかけるとおそるおそる河垂のことを尋ねた。  もしかしたら本人に口封じされているのかもしれないが、それでも何も告げずに転校するなんて、どんな理由があるにせよ、そんなの納得がいかない。 「――河垂? 誰だそりゃ? 他のクラスのやつは先生でも把握してないぞ?」  だが、訝しげに小首を傾げた担任の答えは、意外にもとなりの女子と異口同音のものだった。 「いや、あの河垂ですよ? こう言っちゃなんだけど超絶美少女の。その上、成績優秀でスポーツ万能の……」 「超絶美少女? なんだ、スマホの恋愛ゲームと現実の区別がつかなくなったのか? いや、ゲームやるなとはいわないけど、それはさすがにやりすぎってもんだぞ?」  僕は驚いて訊き返すが、逆にこちらの方が頭どうかしているようにまたも思われてしまう。  しかも、その様子は嘘や冗談で言ってるようにはとても思えない。 「ゲームの世界にばっかのめり込まないで、ちゃんとリアルな生活を充実させろよ?」 「………………」  得意げにお説教をして立ち去って行く担任を、僕は廊下に茫然と立ち尽くしてしばし見送る。
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