「傘」

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 もういい加減にしてほしい。 「俺のことなんてっ」 「このまま送っていきたいけれど嫌なんだよね。だから俺の代わりに傘のことを連れて行ってあげて」  言葉が重なり、手をつかまれて傘を持たされた。冷えた手に重なる温かい手は、怒りを驚きに変えた。 「嫌です。あと、手、離してくださいっ」 「じゃぁ、また明日ね」  また言葉をさえぎられた。手元には温もりと強引に持たされた傘が残る。 「え、ちょ、先輩!!」  上着を雨避けかわりに使い走っていく。  お節介。  自分のことなど放っておけばいいのに樋山は自分がぬれる方を選んだ。  今なら呼び止められる。 「樋山先輩」  雨音に負けぬ大きな声で名を呼ぶ。  すると樋山の足が止まり、こちらへと振り返った。急いで彼の元へと向かい傘を差し出す。 「呼び止められるなんて思わなかったよ」  キラキラとした笑顔だ。そんなに呼び止められたことが嬉しいのだろう。  こんな顔は見たくなかった。追いかけるべきではなかったんだ。 「俺に傘を貸したせいで風邪を引かれたら迷惑なんで」  そういうと傘を樋山の方へと向ける。 「あぁ、そういうことね」  それならと上着を肩に掛けて潮の肩を掴んで引き寄せた。 「何を!?」 「相合傘をして帰ろうか」  顔が近い。潮は驚いて後ろへとのけ反りバランスを失って倒れそうになるが、樋山が腰に腕を回して支えてくれたおかげでぬれた地面に転ばずに済み傘だけが落ちていく。  胸に頬を押し付けるかたちなのだが、なんだかホッとして息をはいた。 「はぁ、驚いた」  雨が二人に降り注ぐ。樋山の髪から滴り落ちた雫が頬にぽとりとおちて、潮は我にかえり彼の胸を押した。 「ありがとうございます」 「うんん。でも、結局、ぬれてしまったね」  とぬれた髪をかきあげる。その仕草が色っぽくて思わず惚けてしまうが、それに気が付いて視線を逸らした。 「そういうことなので、傘はお返しします」  落ちた傘を拾い樋山へ差し出した。 「残念だな。相合傘をしながら家まで送ろうと思ったのに」  苦笑いを浮かべて傘を受けとった。  そうならずによかった。もうこれ以上は樋山といる必要もないので帰ろうとするが、傘を渡した時に手をつかまれたままだ。 「樋山先輩、手」  離してくださいよと続けるはずだったのに。指先に触れるやわらかな感触に潮は驚いて目を見開いた。  浮かんできたのは物語に登場する王子様がお姫様手をとり甲にキスをする。  手の甲ではないが、それが自分にも起きるなんて。 「潮君、またね」  潮は目を見開いたままかたまり、樋山は笑顔をむけてまたねと手を振り帰っていった。  雨にぬれて冷たい指先は唇の触れたところだけ熱く感じる。  どうしてくれるんだ、この状況を。  声にならぬ声を上げ、温もりを洗い流すように空に向けて手を伸ばした。
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