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「傘」
曇天から雨。
大学を出る時は小雨だったが徐々に激しくなり、潮はアパートに向かう途中にある公園の東屋へと逃げ込んだ。
さすがにこの天気だ。公園には潮以外に誰もおらずひっそりとしていた。
ここで雨宿りをして待とうと思ったが、雨脚は一向に弱まる気配を見せてくれない。
雨から守ったカバンとその中身がぐちょぐちょになるのを覚悟して帰るしかないと思いはじめたその時だ。
「雨宿りかい？」
「わっ」
急に声を掛けられて驚いた。しかも相手は潮が苦手な男だ。
彼に関わりあいたくない。雨音で気が付かなかったということにはできないだろうか。
いや無理だろう。声が出てしまったのだから。相手だって潮が気が付いたことはわかっている。
どうにかして逃げよう。でもどうやって？ そんなことを考えていたら、
「潮君」
と下の名を呼ばれて腕をつかまれてしまった。これではもう逃げられない。しかたなく顔を向けてため息をつく。
「……こんにちは」
彼は樋山といい、同じ大学の先輩だ。
潮は地味で目立たぬ男だ。しかも人見知りもあり、大学に友達がいなかった。
一人、外のベンチで弁当を食べて本を読んでいたら声を掛けられた。
やたらとキラキラとした王子様のような男。それが樋山の第一印象だ。そして次に自分に声をかけてきたことを怪しんだ。さえない男に声をかけて犯罪に巻き込もうとしているのではないかと。
だが樋山はそんな男ではなかった。ただのお節介で優しい人だった。気が付けばいつも傍にいてたわいもない話をして帰っていく。
つまらない日々が騒がしくなる。潮にとってそれは戸惑いであった。だが、温かく包まれる心地よさもあった。
だからサークルに誘われた時、今までの自分なら断っていたのに、樋山と一緒ならと入るといったのだ。
だが、人見知りが直ったわけではない。結局、樋山以外のメンバーと馴染むことができずに一人でいる。
すると隣の席に樋山が座り話しかけてくれるのだが、すぐに彼の周りに人が集まった。
樋山は人気者だ。特に女子は彼目当てでサークルに入ったのだろう。
根暗でさえない男が樋山に声を掛けられる、樋山君は誰にでも優しいからと女子の一人が潮に聞こえるように言った。
その通りだから潮は樋山に対して素っ気ない態度をとった。だが、樋山はそれでも声をかけてくれる。
それが不満なのだろう。樋山狙いの女子から陰口をたたかれて虐められるようになった。
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