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最初は親父だった。
5年前、僕を呼び寄せたのは医者にもう長くないと言われたからだった。電話口でそう告げられた僕は、呆然とするしか無かった。
それから大急ぎでこの町に戻って来て、親父が隣町の大きな病院に入院するまでの半年、一緒にこの店に立った。
夏の夜、コンコンとガラス戸を叩く音がした。
容態が落ち着いている間を抜けて家に戻って来ていた。もう少ししたら寝ようかと思っていた矢先だったのですぐに気づいた。
店に行き、ブラインドを開けると、そこに入院しているはずの、しかも、もう自力で歩く事もかなわなくなっていたはずの親父が立っていた。
「親父!どうしたんだよ!」
叫ぶように呼びかけながら、ドアを開けて中に入れた。
「どうやって、ここまで・・・・・・」
親父は、僕の問いかけに、うんちょっとなと、適当な返事を返して
「芳也、髪切ってくれや」
そう言いながらもう、椅子に座っていた。
「ちょっと、そんな…、大丈夫かよ、病院もどろうよ、今車出すから」
慌てる僕の腕を掴んで、
「芳也、もういいんだ、いいんだよ」
僕を見上ながらゆっくりと言った。
「何がいいんだよ、いいってなんだよ、車のカギ取ってくる」
取られた腕をその手から抜き、奥に行こうとすると、もう一度腕を取られ、さっきと同じ様に言う。
「もう、いいんだ」
親父のその手に温もりが無いのに気付いてしまった。
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