面白かったよ(小言念仏)

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面白かったよ(小言念仏)

 うちの爺さんがさ、まあ小言ばっかり。 朝からさあ、よく飽きないねってほど。 だけど、ちっともうるさく無いの。 おっかしいの。  やれ、歯は縦じゃない横に磨けだの、飯はよく噛めだの、姉ちゃんが里帰りしてきた時には、ハイハイしてる赤ん坊にまで、畳の縁を踏むんじゃないよっ て、やれやれもう、こっちきなって、困った声出しながら、顔はデレデレ。 結局抱っこしたかっただけなのがバレバレ。  いつだったか、お隣りが朝から夫婦喧嘩。爺さんおもむろに庭から隣り眺めて、奥さんに向かって、そんな旦那置いて出てっちまいなって叫んでた。 大きなお世話だよね。 で、おかあさ~んって、俺の母親呼んで、奥さん迎えに行かせて、家に泊まらせちゃったんだよ。  で、次の朝、庭から 「もう朝だよ!起きなよ!」 って隣の旦那起こして垣根挟んで、 「良い大人なんだから、奥さんは母親じゃないんだよ全く、ちゃんと謝んなよ」 って。ご近所丸聞こえだよ。 でも、憎めないんだよね。お隣も、はいはいって聞いて、爺さんの後ろで聞いてる奥さん見つけて、旦那さん垣根ごしに奥さんに謝ってさ。 後から、夫婦揃って凄く美味しいケーキ持って来てくれたよ。爺さん、俺のお陰だなって、してやったりみたいな顔してたよ。  俺にもさ、ずっと勉強しろって、好きな事やるには基礎が大事だって、仕事行くわけでもない、勉強するための期間なんだから今がチャンスだって。 そのくせ好きな事なんか、めっかったら儲けもんだ。見つからなくても、まあ何とか生きてりゃ、いつか見つかるかもなとか言って。 どっちだよって話だけど、要はどっちでも良かったんだよな。 結局、おめえは、元気でいりゃそれで良いさで終わるんだもの。  お陰様で俺も無事、ジジイになってさ、気づいたら爺さんと同じような事言ってたね。 娘や婿さんなんかは、苦笑いだけど、孫は爺ちゃんは面白いよって、懐いてくれたよ。勉強は嫌いだって言ってたけど、爺さんに言われたそのままを、いいか、これは受け売りだけどなって話したら、正直もんだなってウケてたよ。  それから勉強もしてたみたいだ。仲良かったと思うよ。流行りの服なんかも一緒に着たりして、遺影見てみなよ。笑うだろ? 俺が動けなくなっても、呆けちまってもさ、施設まで来てくれたんだよ。  ねぇ、あんたさ、あの子に伝えてやってくれねぇか。 そんなに泣くなってさ。 おい、おい、見ねえ、鼻水が棺桶についちまってるよ。 棺桶離さねぇと焼けねえぞっ。 なんだよ、全く、ありがてぇよな。 なあ、死神さんよ、伝えてやってくれよ。 俺も面白かったってさ。 元気でいてくれってさ。
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