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精算をすましても、あ~とか、う~とか言いながら、もじもじとして、一向に立ち去る気配がない。
何か言いたそうにしているので、何か?という顔を向けると、
「住み込み従業員募集」と書かれた貼り紙を指さした。
「あの~、良かったらここで雇ってくれない?」
「あ、あ、すみません、これ、母が亡くなる前に書いたもので、今は募集してないんです」
母が亡くなってバタバタしていたので、剥がし忘れたのだと剥がしながら言った。
そんな大にお構いなしに、須藤は喋りはじめた。
聞けば、今月初めに退職したが、独身でずっと寮に住んでいたという。
「今月末までに出なくちゃいけないんだけど、この年だとさ、アパート貸してもらえないんだよね、軽く考えてたけど大誤算。職も見付けなきゃいけないしって思ってたんだ」
見たところ、確かにオジサンだけど、アパートを貸して貰えないような年齢でもなさそうだ。頑張れば部屋の一つや二つは見つけられるだろうし、何より母が亡くなって、めっきり客足が落ち、雇う余裕なんてあるはずもない。
はっきりと、「雇えない、給料が出せない」と断った。
なのに、そこに活路を見出したかのように、笑顔を見せ、食事が付けば給料なんて形ばかりで良いという。何度か雇えない、雇って欲しいの押し問答をしていると、「一生のお願い!」
子供かっ!とツッコミたいような台詞とともにパチンと手を合わした須藤に、拝まれてしまった。
「一月、ひとつきでいいから、お願いしますっ!」
ひたすら困惑している大を前に、
「損はさせないから!」
と言い放った。
必死の形相に、ぶはっと吹き出した大の負けだった。
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