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簡単な経歴などは聞いたが、家族構成などは深くは聞かなかった。
それでも日々何かしら話すうちに、うっすらと見えるものはあった。
明日は定休日、偶には二人で飲みますかという事になり、閉店後に飲んだことがある。
店は母が始めたという話から、母の話しになった。
ちょっと同年代より早く俺を生み、すぐに今で言うシングルマザーに母はなった。だから俺は、父親の顔を知らない。
母は生きる為にこの店を始めた。
俺は水商売が嫌で仕方なくて反発もしたが、通勤ゼロ分、母親がいつも俺と一緒にいたくてこの仕事を始めたと知ってからは、落ち着いていき、その内この店を手伝う様になった。
母は働きどおしの人生だった。でもいつも笑ってた。
もう少し生きてりゃ楽させてやれたかな?と締めくくると、
「お母さん偉いな、それに引き換えお父さん、酷いな」
須藤が言う。
俺が首を振ると、驚いたような顔をした。
「だって、お母さんと大ちゃんを捨ててしまったんだろ?お金も払わずに、お母さんと大ちゃんに苦労させて、そんな勝手な男、許せないだろう?不幸になってればいいと思わないかい? まあ不幸になって当然だ」
一人憤慨する須藤を、まあまあと、大がなだめた。
「お袋が言ってた、大がお腹に出来たって告げるの凄く怖かったって。
まだ若いから、嫌な顔されるんじゃないかって、もしかして、産むなって言われるかもって凄く怖かったらしい。でも、おやじは、そんなお袋をファミレスに連れて行って、テーブルいっぱいに料理を頼んでお祝いしてくれたらしい」
「お袋はずっと、「嬉しい、嬉しいって言ってくれたの、お母さんそれが凄く嬉しくてね」って言ってました」
「確かに別れたあとは、お金もくれない”くそ親父”だったけど、俺が出来た事を喜んでくれた人なんだって、そう思ってます」
大がちょっと照れながらそう言うと、須藤は、何度も頷きながら、
「お母さんが、いい人だったんだ」
と何度も何度も言い、鼻を挟むようにして両手を合わせた。そのまま目を閉じた姿は、何かに祈りをささげているようにも見えた。
その後は、次第にいつものバカ話になり、ついには、通勤ゼロ分とはいえ、登れない~と駄々をこねる須藤を叱咤激励しながら、階段を上る羽目になった。
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