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「なんだかわかんないけど、金なら払うから、足りなかったら、そうだ、時計、時計があったよね」
「大ちゃん、どうしてここに?」
急に飛び出してきた大に驚いた須藤が尋ねた。
それには答えず、大は若い男を見ていた。
「何があったのか知らないけど」
と前置きをして、
「この人、俺のおやじなんだよ、迷惑かけたんなら俺も謝るし、だから連れてかないでくれ、この通りだ」
大が頭を下げた。
須藤の震える声が聞こえる。
「な、何言ってるんだよ、大ちゃん、おやじだなんて、そんな、嘘言っちゃいけないよ」
頭を上げた大が須藤を見た。
「酔った日にさ、たまたま見ちゃったんだよ、机の上にあった写真。
あの写真、母さんも大事にしてたから、それかなって思ったんだけど、違った。母さんのは無くなってなかった。同じもの持ってるなんて、父さんしかいないじゃないか」
「・・・・・・大ちゃん、俺の事知ってて追い出さなかったのか?」
そう言って、ガックリと肩を落とすと、
「ダメだよ、おやじなんて呼んじゃ、こんなクズをさ、妻子を捨てて逃げちゃうようなこんなクズをさ」
ぼたぼたと涙を流しながら言う。
地面に座り込んでしまった須藤の肩を抱き立たせると、
「一緒にお願いしよう、ほら、取り敢えず時計出して、足りない分は何とかするから」
出せる分は自分で出させようとする、抜け目ないところに、笑いつつ安心した。
鵜の目鷹の目、いい人だけじゃやっていけない。
良い人ぶってたら足元掬われて、妻子を捨てなくちゃならなくなることもある。借金に追われ追われて、帰る勇気も失くしてしまい、無駄な人生だったと悔やむ事だってあるんだ。
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