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 商談スペースを抜けて自身のデスクにある椅子に腰を下ろすとパソコンを起動させ、メールが届いていないか確認をする。急ぎのメールが届いてない事を確認すると直ぐに時間を持て余す事になった。正和と小百合、そして事務員の飯沢結衣と俺の少人数に、この店舗スペースは広く感じる。木の木目を活かしたナチュラルテイストの店内には、商談スペースとキッズコーナー等あり、朝の掃除には毎度時間を要していた。普段は簡単な清掃のみだが、今日は三十分程早く来ている状況。急ぎの案件も特にない為、少し早いが店内清掃を始めた。  暫く床掃除をしていると「おはようございます」と明るい声が聞こえた。振り返ると少し眠そうな表情を浮かべて事務員の飯沢結衣がデスク上に鞄を置いた。 結衣の背中に向かって挨拶をすると「隼人君、今日は早くない? どうしたの?」とこちらに見向きもせずに尋ねてきた。結衣は忙しなく鞄から小物やら取り出している。 「いえ……特にこれといった用はなくて」 「まぁ、早起きは三文の得って言うからね」結衣がようやく俺に向かって振り返った。 「私もね、今朝は美里が朝から騒ぐから仕度に手間取っちゃって……ほら、ここのブローが上手く纏まんないの。大丈夫かな?」 結衣が俺に見て欲しいと言わんばかりに、自身の髪を見せつけてくる。 「全然大丈夫ですよ? 相変わらず綺麗です」待ってましたと言わんばかりに、結衣の顔から不安の表情が消えた。 「本当? ありがとう」  これがいつもの結衣とのやり取りだった。飯沢結衣は正和ホームに事務員として入社して五年が経つ。結衣が入社するまでは小百合が事務員として正和を支えてきていたが、体力的に辛くなり、結衣を雇った経緯があり小百合の友人の娘だと聞いている。年齢は詳しくは知らないが、身嗜みには気を付けている。結婚をしており美里という小学三年生の娘がいて、元気が良くて大変と愚痴を零す事を度々耳にしていた。三十代半ばだと思うが、若々しい母親だ。
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