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「引っ越しは今月中にやりたいって」結衣が俺に報告した。 「そんなに早く? 随分、急だな」驚いて架純に尋ねると「善は急げって言うでしょ?」と得意気に答えた。 「とりあえずお隣さんになるから……宜しくね」架純が右手を差し出した。あの時もこうして別れる際に互いに握手を交わした。それからまたこうして再会をし、今度は住まいが隣の部屋同士になる。人生何があるかわからない。 「引っ越し日決まったら、教えてくれ。手伝うよ」差し出された右手を握り返した。 「本当? 助かる……あっ、そういえば隼人君。番号変えた?」架純がスマートフォンを取出して尋ねてきた。 「……あぁ、高校卒業してから変えたな」 「そっか、だからか……」俯きながら架純が呟き「ねぇ、新しいの教えてよ?」と架純がスマートフォンを振って見せた。連絡先を架純と交換し合い「引っ越し日決まったら、連絡するね」と言い残して架純は店を後にした。  架純を結衣と並んで見送り、駅に向かう架純が遠くに見えなくなると隣に立つ結衣が呟いた。 「ねぇ、隼人君?」 「……はい」 「タピオカ……忘れてないよね?」 「……忘れました」  完全に失念していた。息を飲み、結衣の顔を見ると口角が上がり、目尻は吊り上がっている。俺に尋ねた優しい語気と顔の表情が噛み合っていない。 「ごっ、ごめんなさい」  こんな事は初めてだった。今まで架純に意識が向かっていて等の言い訳は、結衣の前では無意味。かといって今更買いに行った所で無意味だ。結衣は気分屋だから催促された時点で、すでにそれを欲していない。 こんな時の対応は――。 「今度もっと良い物、買ってきます」  僅か数秒の間、考え得る精一杯の返しだった。 「……なら、良いわ」  渋々納得したような表情を浮かべて店内に戻る結衣。なんとかこれ以上、結衣の機嫌を損ねる事はなかった。結衣に目を付けられたら、何かと面倒だし、ましてや事務員を敵に回したらここで働く事に支障をきたす。  そして、ふと気づいた。結衣に弁解した言葉は、自分の首を絞めた事になる事を……。 「……タピオカドリンクより良いやつって、何だよ」  俺は再び悩む事になった。
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