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一時間ほど歩くと、なだらかな坂の先に緑が見え始める。ブナの木が樹立する林に踏み入ると、川の流れる音を頼りながら進む。その川べりで渡し船を営むデニーの小屋が、今のラルクの家だ。
デニーは父親のギムリの知り合いで、親子でここに住ませてもらっていた。
「ただいま」
扉を開けると、老齢のデニーとギムリがテーブルを挟んで向き合い、カード遊びに興じていた。それぞれが飲み干した空のグラスをテーブルの上に置き、手にはカードを握っている。
「ほほほ、わしの勝ちじゃな」
デニーが手持ちのカードを見せる。その向かいで手元を睨んでいるギムリは「むむむ」と唸るような声を上げた後「くそっ」とカードをテーブルに投げた。
「さあて、残りの酒はいただくとするか」
テーブルの真ん中に置いてあった酒瓶を引き寄せるデニー。それを悔しそうに見た後、ギムリはラルクを見て尋ねた。
「船には乗りそこなったのか?」
「まさか。ただの延期だよ」
「ふん、どうせまたメガイッカクがどうのこうのって理由だろ? ボルジーノは幾つも船を持ってんだ、一隻や二隻、壊されたってどうってことないだろうに。ラルク、そんな奴の船になんか乗るな。お前にはもっと相応しい船がある」
「またそのセリフ? その相応しいとかって言う船に乗りたいのは親父でしょ」
「オレのことはいい。お前の事だ、ラルク」
重々しい口調に、ラルクは途端に顔をしかめた。これは嬉しくない展開になるパターンだ。さっさと離れるに限る。
その場を通り過ぎながら言った。
「とにかく、今日は渡し舟の船頭でいいよ」
「そんなのいらんぞ。どうせ客なんて来ないんだ。ここでゆっくり話しでもしようぜ」
「舟の上がいい」
部屋を通り抜けたラルクは、テラスへと出た。テラスは桟橋に続いている。いつだって客はいない。渡し舟はデニーの道楽なのだ。
ラルクは繋がれた舟の上に乗り移り、寝転んだ。
空には綿のような積雲があちこちに浮かんでいる。のどかなそれを眺めながら大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「もう子供じゃないんだからさ、一人にしておいてよ」
大きく伸びをして、その手を頭の後ろで組んだ。明日の朝はまた港へ行く。出港が延期だったとしてもすぐ帰宅するのは止めて、どこかで時間を潰して来よう。ここは何かと窮屈だ。
川の穏やかな流れによる揺れが心地よい。朝が早かったためか、いつの間にかうたた寝をしていた。
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