プロローグ

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プロローグ

 厚く層を成した雲の下、時速八十キロの暴風が二十メートル級の大波をもたらす海上。  全てが薄闇に包まれた世界で、雷光に照らされて露わになる、一艘の船。  船尾が高く押し上げられ、激しい大波と共に落下したかと思うと、船首を突き上げて浮上する。怒り狂ったように暴れる大量の海水が舷を叩きつける。それでも煙を上げ、汽帆船レッド号は果敢に進みゆく。  レッド号のマストの上部にしがみつきながら、見張り役は伝声管に顔を寄せた。繋がった先は船内の操舵室。交わされる声は、はしゃぐ子供のように楽しげだ。 「前方に獲物を発見!」 「ようやく来たか! 俺の好物ニューシタルハ行きの商船だと言ってくれ」 「ええと、まだ不明。国旗が見えたら教える」 「いいさ、この目で確かめる」  肩に縄を担いだ若い男、リュートが船内から飛び出した。銀色のクジラ皮の胴衣をまとい、剥き出しの四肢はほどよい筋肉に覆われている。肩まで伸びた白色の髪を風になびかせ、自信に満ちた表情で船首に向かう。    その時、船が波に引き寄せられ、床が大きく傾く。  固定が解けた荷物が縁から滑り落ちる一方で、リュートは砕け波を浴びながら腰を落とした姿勢で身軽に移動する。これくらいの事は彼にとって朝飯前だった。    船首に辿り着くと、前方の波間に時折見える獲物――帆船の舷に目を向けた。  五感の優れた彼には、遠目からでも分かる。外板をくり抜いて設けられた砲門は、海水が入り込まないよう閉ざされていると。  これが嵐の中での襲撃の最大の利点だ。 「そうこなくちゃ! 今そっちに行くよ」  どんなに海水を浴びようとも寒さは感じない。  期待で胸が高鳴り、体中の血が沸き立つ。息をするたびに歓喜が体中に取り込まれていくかのよう。  天に顔を向けると、雷鳴の轟きにも負けないくらいの声を嬉しそうに上げた。 「俺たちに海の加護あれ!  レッド号、全速前進!」
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