航海

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航海

 ビギニングズ号は船首を東北東へ向けて、航行を続けた。  広い大洋には潮流も暗礁もなく、吹く西風が味方するかのように船を東へと押し進めた。時化やスコールに遭うことのない、船乗りには有り難い日々が過ぎていった。    そして澄んだ空の下にて、船はニューシタルハ近海に入った。  この頃、メガイッカクを最初に見つける見張りは重要な役どころだった。船首や船尾はもちろん、右舷左舷にも海上を見張る者が立っていた。  その中でも頼りにされているのは、メインマストの上部に設けられた、円形の台座に就く見張り役だ。狭い場所にもかかわらず四人も配され、それぞれが望遠鏡を片手に東西南北を見張る。    その内の一人となったラルクは、手すりに腕を乗せて、何の変化もない波間を眺め続けた。次から次へと肉体労働をさせられるのはキツイが、海上の僅かな魚影すら見逃せないのもしんどい。しかも頭上にある太陽が、肌を焼くような直射で集中力を削いでくる。 「はぁ……」  ため息をつき、ラルクは隣にいるホープスをちらりと見た。船乗りと同じ任に就く必要はないのに、役立ちたいと言う理由だけで自らこの場にいる。そんな高官らしくない態度に気安さを覚え、退屈しのぎに声を掛けた。 「イッカクって、本来は北の海に生息している生き物じゃないの? どうして温暖な海域に現れたんだろう」 「海洋学は専門外ですが、新種だとの意見には疑問を覚えます。エサを求めて移動するうち、この海域に入り込んだと考えるのが妥当ではないでしょうか」  明るい声音が返ってきて、ラルクの好奇心は勢いを増した。 「ふうん……でもどうして船を襲うのかな? エサじゃないって分かるだろうに」 「謎ですよねぇ。言語が通じるのであれば尋ねてみたいところですが、姿を現してくれないことには何とも出来ませんね」 ラルクは顔を上げ、マストの上部を見た。そこに旗はない。 「もしかして、ニューシタルハ旗を上げていないから、来ないんじゃない?」 「メガイッカクが旗を見分けているなんて、それこそありえませんよ。襲う基準は航路にあると、船長は見ているのでしょう」 「航路だって? その通りなら、とっくに姿を現してもいい頃だろうに」  別の方位を見張る男が、苛立たしげに口を挟んだ。  ホープスは黙り、ラルクは小さく肩をすくめただけだった。苛立つ気持ちは分かる。出現の気配が一向にないせいだ。 「メガイッカクが現れても、船底に穴を開けて逃げられるってこともあるんだよなあ」  ラルクがぼそりと呟くと、三人が顔を向けて鋭い視線を寄越してきた! 「おっと……この船に限って、そんなことはないよね、絶対ないさ。うん」  慌てて発言を修正する。忘れていた。バルモア人は失敗や敗北を極端に嫌うのであったことを。
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