4  船員

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4  船員

 それから数刻の間二人は放っておかれた。  勿論度々二人の様子を確認しに来る者はいたし、これまで見た小人達よりも一回り小さい子供たちが、小屋を覗いては逃げ出してを繰り返したりといったことはあったが、特別何かをさせられることはなかった。  太陽が真上に上がった頃であろうか。唐突に外が騒がしくなったと思ったら、大人の小人共が二人を小屋から引っ張り出し、砂浜へと連れて行く。  砂浜に出ると、海には全長50m程もあろうかという船が浮かんでおり、その船からやってきた船員らしき男達が長老と話をしている。丁度話しがまとまったのか、男達は側に置いてあった樽を幾つも小舟に積み込み、船へと戻っていく。  長老は連れて来られた二人の姿を確認すると、顔を顰めて近くにいる者達に問い質すかのように話しかける。話しかけられた男衆は礼一の方を指差しながら何事か説明をしている。  そうこうしている内に、先程の男達が此方に向けて小舟で向かってくる。舟中には何やら布にくるまれた荷物が置かれている。  彼らはそれぞれ荷物を担いで上陸しこちらに歩み寄る。小人の男衆がそれらを受け取り布を解いて地面へ広げる。  現れたのは、小人達が普段使用している槍や、山刀といった武器、その他調理に使うと思われる刃物といった金属製品であった。小人達は各々武器を手に取り日に翳して品質を確かめるような素振りをし、一通り満足するとそれらを抱えて後ろに下がる。  次いで長老が砂浜に座り込んでいる礼一と洋を指し示し、船員達へ話し掛ける。双方は暫く何か言い合っていたが、結局長老が折れたようで話が終わる。  長老は手に持っていた何かを船員に手渡し、小人達を引き連れ森へと帰っていく。  取り残された二人が何が何だかわからず船員達を見上げると、彼らは笑顔で話し掛けてくる。 「—————」  だからさっきから何言ってるかさっぱりなんだよ。マジで。礼一は疲れたように溜息を吐く。  二人の様子を見て言葉が伝わらないことがわかると、やけに派手な格好をした小柄な男が、二人に表面に精緻な模様が刻まれた指輪のようなものを渡してくる。受け取った瞬間にジジッという電波が繋がるような音が頭の中で聞こえる。 「聴こえるだろ。まさか教国の人間だとは思わなかったよ。悪かったな」  驚いた。先ほどまでさっぱり理解できなかった声が、言葉として耳に入ってくる。 「おいおい何固まってんだ。そうかそうだな。今まで苦労してきたんだろ。こんなもん手に入れられるような境遇じゃなかったよな。驚くのも無理はねぇ」  何だかよくわからないが、勝手に憐れまれているようである。 「あの、たぶん勘違いだと思います。あと教国ってなんですか?」  今度は男が呆気に取られた顔をする。  彼の話を聞くに、ここいらの海域に存在する国は彼らの出身国であるフダと、マダル教国の二国しかないため、言葉が繋がらないということは即ち教国の人間だと判断したということらしい。  加えてこの世界において礼一と洋のような体のどこかしらが黒色の人間は、総じて何らかの獣の特徴を持った獣人という人種であり、教国では迫害の対象になるのだという。 「何しろ教国ってのは自分達の奉じる神が唯一だとか言って疑わないところだからな。そのくせ獣人やなんかは混ざりもんだから神を信じる資格はないだとか抜かしやがる。何様だってんだ。まぁいいやそんな話は置いといてだ。おいらはパントレってんだ。よろしくなお仲間さん」  そう言って、徐に彼は被っていた矢鱈と大きな羽飾りの目立つ耳当て付きの帽子を脱ぐ。  一体何かと思えば、派手好き男、改めパントレの顔の側面には、本来ならそこにあるはずの耳が見当たらない。よく見ると代わりに小さな穴のようなものがあるのがわかる。まるで鳥の耳みたいだ。 「あの、俺ら多分その獣人とかいうのじゃないですよ」  仲間意識を出されたところで、大変気まずいが仕方なくそう告げる。 「は?そんな訳ないだろ。だって髪も目も黒いだろ。両方黒ってのはお目に掛かったこたぁないが、そんだけ揃って獣人じゃないってのは有り得ねぇだろ。ちょっと服脱いでみろ。確かめてやる」 「大将、そろそろ戻らないとまた船長にどやされますよ」  あわや浜辺でストリップショーが開催されようとしたところで、パントレの後ろの男達が彼に向かって早く船に戻ろうと声をかける。 「しょうがねえなぁ。んじゃ戻るぞ。お前そこの臭い坊主は動けないらしいから運んでやれ。舟に乗せる前にそこの浅瀬で清めるんだぞ」  すっかり忘れ去られていたが、礼一の服は昨夜小便を垂れ流したまま乾くに任せて朝に至ったため、この世のものとは思えない薫りを漂わせている。  命令された男はすごく嫌そうに礼一を担ぎ上げると、しゃぶしゃぶでもするかのように全身丸ごと海水につけてジャブジャブした後舟に乗せる。  容赦なくお清めされたせいで顔中の穴から海水が入り込み、目は痛いし、鼻の奥は水が入り込んだ時特有の鈍痛に見舞われるしで、散々である。  洋も臭いが気になったのか、自ら海水に漬かってブルブルッとやってから舟に上がる。 「そいじゃさっさと行くぞ。船長がお待ちかねだ」  たった一日だが二人が色々な意味で世話になった島を背にして、小舟は威勢よく波間を進む。  暫くすると本船の横っ腹に舟が辿り着く。すぐさまパントレが立ち上がり、先にかぎ爪の付いた縄を器用に投げて船縁に引っ掛ける。  そうして彼は何を思ったか、礼一と洋を舟にグルグル縛りつけ、舟自体を更に縄で括ったかと思うと、その端を持ってヒョイヒョイと縄を伝って甲板に上っていってしまう。他の船乗り達も礼一と洋を置いてその後を追う。 「よっこらせっ」  頭上からパントレの声が聞こえたと思ったら小舟が吊り上げられていき、甲板に近付く。  見れば彼は片手でボートに括り付けられた紐の端を持ち、こともなげに舟を引っ張り上げている。 「力強すぎだろっ、てか怖えよ。落ちたらどうすんだ」  驚きのあまり敬語も忘れて礼一が叫ぶ。 「そりゃおいらたちみたいな仕事してればみんなこうなるさ」  当然のことのように返答されるが、船乗りが異常に怪力なんて話は聞いたことがない。 「船乗りが怪力なんてテンプレはない」  ほら、だんまり小僧の洋くんだってこう言ってる。そんな話がある訳ないんだって。 「ん?何言ってんだ。おいらたちは船乗りなんかじゃないぜ」  パントレは眉をしかめて腰にさした短剣の柄を叩く。 「雇われの冒険者さ。今はここの船長の依頼を受けて半分船乗りみたいなことをやっちゃいるがね」  そう言って、舟と二人を縛っている縄を手下の男達に指示して解かせる。 「さぁ、船長様に帰還報告に行くぞ。すげーおっかない顔してるし、実際馬鹿程怖いからな。お前は下っ腹にしっかり力入れて行けよ。船内で漏らされちゃ敵わないからな」  何でおしっこ漏らすキャラになってんだよ。そりゃ直近でやらかして前科一犯だけどもさ。
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