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9 魔物
何はともあれ倉庫の中は取り敢えず一巡してどういう場所かは理解出来た。
「さてとそろそろ外は夕方頃かな。いっちょヤりに行くかねぇ」
パントレは自分に言い聞かせるようにそう言うと、倉庫の奥に置いてある武器の束へと歩み寄りこちらに声をかける。
「おい、こっち来て自分が使う武器を選べ」
単純に武器をプレゼントしてくれるのだと思い、二人は言われた通りにそちらに行って武器を物色する。
といっても二人とも最終的に手に取ったのは槍である。そりゃ敵さんとの間合いが大きくなるに越したことはないが、何というか互いにヘタレな感じは否めない。
「ったく、最近の若者は。最初に使うと言えば剣しかないだろ。ほら二人ともそんなもん元に戻して、これ使え」
そんな二人のヘタレな考えはパントレにも伝わったようで、速攻武器を替えさせられる。仕方ないのでそれを掴む。重さ自体は想像よりも軽く、剣の重心も手元にあるので振れないことはなさそうだが、実戦で何度も振れるかと言われれば、おそらくすぐに腕が疲れてしまって使えなくなるだろう。
パントレは二人が武器を手にしたのを確認すると、徐に船倉の戸を開けて目の前にある第二甲板へと続く階段を上がっていく。物珍しげに鞘から剣身を抜いて、その両刃が光るのを眺めていた二人も慌ててその後を追う。
パントレはそのまま第二甲板に寄らずに第一甲板へと上がる。
蓋を跳ね上げて外に出ると、もうすっかり時刻は夕方になっており、辺りは紅色に染まっている。
「大将遅いですよ。もうそろそろ奴らやって来ますよ」
甲板には既にパントレの子分が待っていた。
「それと船長からの伝言です。どうせ新人の二人を戦わせようとしているでしょうけど、まだ怪我も治ってない人を戦わせるのはダメです。とのことですよ」
「おいおい、もう動けてるんだからいいだろ。まぁしょうがないか。今回二人は見学だ。おいら達で片付けるからそこで見てな。おっと、奴さんのお出ましだぜ」
船の周囲の海面にポツポツと何かが浮かび上がってくる。よくみれば人の頭部のような形をしておりそれがわらわらと一斉に船の周りへ集まってくる。
「いいかよく見とけよ。あいつらがここいらの海でしょっちゅう出没する魔物〈海童〉だ。見た目はキモいし、数も多いが、その分一体毎の戦力は高くないから簡単にぶっ殺せる」
パントレがそう喋る間にも続々と頭は出現し続ける。
やがて甲板の端に大きな毛むくじゃらの手が掛かる。姿を現したのは矢鱈と大きな手と足を持ち、全身を毛に包んだ何とも気味の悪い容姿の生物であった。2000年代に日本で行われた某万博の公式キャラクターを多少改変して実写化したら、丁度こんな感じになるのであろうか。マジで子供が泣いて喜ぶ見た目をしている。
幸い身長がルチン族よりも更に小さいぐらいしかないので、まだ何とか正視していられる。これでデカかったらと思うと考えただけで怖気が走る。実際にその姿を想像して背筋が寒くなった礼一は、両の腕で自分の身体を抱きすくめる。
パントレはというと、〈海童〉が現れた瞬間飛び掛かって行き、両手に炎を纏って手当たり次第に殴りまくっている。彼の子分の三人もそれぞれ腰には剣やらを吊るしているのに、それを抜く素振りも見せずパントレと同じように炎を纏った拳で殴りかかっている。あの炎は何かの魔道具だろうか。
10分程すると魔物たちは諦めたのか海の中へと沈んでいく。流石に甲板に上がった仲間が傷一つ付けることも出来ずに、ワンパンで殴り殺されていくのを見て無謀と悟ったのだろう。
「ふいー。全く気味の悪い奴らだぜ。お陰で服がべとべとだ。さっさと身体流して飯が食いたいぜ」
パントレは魔物の体液を浴びて全身ぐちょぬれでこちらに向かって喋りかける。
「も、もう大丈夫なんですか?それとさっき手が燃えてたのは何なんですか?」
未だショッキングな光景を見た後の硬直状態から抜け出せないまま、おずおずと礼一が質問する。
「ああ、仲間の死体が散らばってる場所には奴らも警戒して近寄りゃしねぇから、これで今晩は大丈夫だ。戦い方やらについてはまた後でしてやる。取り敢えず下の船倉に行って、さっき見せた水が出る魔道具とたらいを持ってきて来んねぇか」
仕事を言いつけられた礼一と洋は急いで船倉に降りて魔道具とたらいを引っ掴むと、甲板に取って返す。
「おう、ありがとな。そこ置いといてくれ」
パントレはそう言うとパッパと服を脱いで甲板に投げ出し真っ裸になってしまう。彼の子分も同じように服を脱いで丸めている。
「わいせつ物陳列罪」
洋が横でボソッと呟くのが聞こえる。礼一は心の中では多いに同意するものの、状況が非常識すぎるので特に何も言い出せずに何だかそのままボーっと四人の様子を見ていた。
「ヒャー、冷てぇー、冷てぇー」
パントレ達が馬鹿な声を上げながら水を掛け合っている。ここの甲板ツルツルだから水なんか撒いたら滑ってしょうがないだろと礼一が思って眺めていると、案の定目の前で四人共がすっ転んで手足をバタバタさせている。
一頻り愉快に騒いだ後、彼らは魔物の遺骸を甲板の外に蹴り出しながら、ホースで水を撒く要領で、諸々の汚れを洗い流していく。
「よーし、すっかり綺麗になったぜ。服はこん中に入れちまってと。おい、お前らも遊んでねぇでさっさと自分の服こん中に入れろ。ピオの所に行って飯食わせて貰うぞ」
パントレは先程までの自分の振る舞いもどこ吹く風で、子分にたらいを手渡しながら叱りつける。
そしてそのままピョンピョン跳ねて雀の涙ほどの水滴を落とした後、階段を下り、廊下に盛大に水玉模様と足型を印しながら歩いていく。
「ああ大将また廊下ビショビショにしてるよ。もう俺たちがどんだけ身体拭いたって無駄だよな。まったく困っちゃったな。どうしよう」
子分たちはそう言って顔を見合わせて頷くと、これまたずぶ濡れで船内に踏み込んでいく。揃いも揃ってつくづく良い性格をしている。
「あー、腹減った。飯だ飯だ」
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