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……彼女がこれから生きていくのは、どうしようもない現実だ。
だけど、ただ一つだけ……彼女の涙に気がついた私の存在が、彼女の救いになるのなら。
「ねぇ、佐藤。……たまたま隣のトイレに居合わせたのも何かの縁だしさ、私でできる事があったら言ってみなよ」
そんな感じで慰めとも、助けともつかない提案をしてみたら、佐藤がブハッと美人に似合わない音声で派手に吹き出した。
「先輩……ここで言うのが『トイレ』って……ムード無いですねぇ……こんな日なら、『月が綺麗ですね』くらいのレベルの事を言って下さいよ」
「へぇ、顔に似合わず古い表現を知ってんのね。……でも、やめとくわ。あんた、何か『死んでもいいわ』っつって、本当に今すぐ死んじゃいそうで怖いから」
ギィーコ、ギィーコ
ギィーコ、ギィーコ
再び、悲鳴をあげているようなブランコの音が、公園に響きわたる。
ーー『死んでもいいわ』
彼女は、何度もそう呟いて、ブランコをこぎ始めた。
愛した人に言われたかった『愛してる』の言葉も、伝えられなかった『私も愛してる』の言葉も、全てかき消すように呟いて。
彼女の心の代わりにブランコが悲鳴をあげている。
彼を愛していた彼女の心は、今ここで静かに死んでいくのだろう。
一人で逝かせないでよかった。……ただそれだけを思う。
顔を上げた彼女の目には、もう涙は浮かんでいなかった。
〈end〉
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