乙女3.生娘ミノリ

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 コンパニオンたちが身支度を整えるために用意される控室の大きさは、会場によって様々である。十二畳ほどの広い部屋を用意される時もあれば、四畳半の納戸のような場所で、すし詰めにされることもある。  メイクと全身チェックに欠かせない姿見鏡は、一、二台ほどだけポツンと置かれている場合が多い。当然全員が同時に使うことは不可能なので、椅子取りゲームのように奪い合う……ようなことはせず、暗黙の了解でチーフあるいは経歴の長いベテランに譲り、新人や若手は各々で用意した手鏡やコンパクトを手に小さくなって己の身支度に取り掛かるのが通常の光景なのだけれど……。 *  その日の私は早々に着替えとメイクを終え、腹ごしらえにコンビニのおにぎりを一人隅っこで頬張っていた。昆布と米粒をペットボトルのお茶で流しこんでいる最中、突如『世界の中心で愛を叫ぶ』がごとく、控室の中心でカヨコさんが音量マックスの説教を響き渡らせた。 「ちょっとアンタ、いつまでそこを占領してるの!?」  怒鳴られたのは、週二でアルバイトに入っているミノリだった。十九歳、今年の春から大学生だという彼女は、今日のチームの中では最も若手だった。 「えっ?」  大きな姿見鏡の前で、ミノリは「事態がよく分からない」と言いたげに眉尻を八の字に下げ、困り顔で首だけをくるりとカヨコさんへと振り向かせた。 「私、言ったよね? 鏡の使用には優先順位があるって。アンタが悠長にいつまで~も居座ってるから、マヤさんが支度出来ないっつってるの!」 「は……はいぃっ!」  巨体と声を震わせるカヨコさんの様子に、ミノリは怯えた様子で立ち上がる。当のマヤさんは悠然と手を振り、制止した。 「いいの、いいの。終わったら、声をかけつてね。カヨちゃんも、ありがとう」 ━━さすが、マヤさん。余裕の返し。  お茶を吹くことなく見とれる私は、この後に滅多と聞くことのないマヤさんの低音ボイスを耳にすることになろうとは、思ってもみなかった。
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