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中庭の見える廊下を左手に曲がると、厨房の前に幾重にも積まれたビール瓶入りのコンテナが姿を現す。王冠の付いたビール瓶を未開封と信じて持ち上げると、その軽さに肩透かしを食らった。
「中身、ないんかい……」
全ての空瓶にはキッチリと蓋が被せられた上で、さも未開封であるかのようにケースへと丁寧に納められている。紛らわしい上に、おせっかいなことをする人間がいたものだ。
目を凝らして確認すると、空瓶と思われる数本には、底から二~三センチのところに余りビールが留まっていた。こんなことは普段なら絶対にしない。けれど、イライラの極致の宴席でヤケクソ気味だった。
わずかに中身の残った瓶の一本を片手に掴み、天井を仰ぐ。シケモクならぬ気抜けビールのラッパ飲みを試みた、その瞬間。
「ユリちゃん!」
名前を呼ばれ、私は動きを止める。旅館の女将や仲居さんなら、「おねえさん」「コンパニオンさん」という呼称を使うはず。本名を知るのは……。
「幹事さんが『まだか!』って……」
チーフ・コンパニオンであるマヤさんが、背中越しに立っていた。
「は、はい。ただ今……」
「そんなんじゃ、酔えないでしょ」
とっさに後ろ手に茶色の瓶を隠したけれど、飲み残しのビールを拝借していた行為は確実にバレている。
「す、すみません!」
「シーッ」
静かに、と言いたげな様子でマヤさんは厚めの唇の前に色っぽく人差し指を立てる。そのまま周囲を見渡すと、目測で選んだ一本の瓶をヒョイと持ち上げ、私に差し出した。
「こっちの方が、多いよ」
目を凝らすと、マヤさんの持つ瓶の底には五センチほどの水位で気抜けビールが波打って見えた。
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