ここ掘れワンワン

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ここ掘れワンワン

都市で大きな不動産会社を経営している男。 彼は今日も仕事を終え、郊外の自宅へと向かっていた。 彼は有り余るほどの財産を所有していたが、昔から女にはモテず、寂しく1人で暮らしている。 今まで何人も自分に言い寄ってくる女は山ほどいたが、みな眼の奥には「¥」のマークを光らせていた。 真実の愛はお金では買えないのだ。 男は社長になり金回りが良くなった現在、その事を本当に痛感する。 「……こんな事なら事業なんて成功しなければ良かった。モテるどころか誰も私の内面も見ようとせず、見るのは私の持つ財産ばかり。 全く、寂しいよ……。 私を本当に愛してくれる家族がいつかできないものだろうか……」 今日も自分を執拗に照らしてくる月の光を恨めしく思いながらため息をつき、家に続く道の最後の角を曲がる。 いつもと変わらない、1人で住むには大きすぎる自宅がそこに建っていた。 服のポケットから自宅のキーを取り出し、鍵穴へと差し込む。 いつもとなんら変化のない行動。 男が自宅の扉を開け、玄関へと足を踏み出そうとしたその時。 「ワンワン!」 ふと、背後から大きな動物の鳴き声が聞こえた。 男がいる驚いて振り向くと、そこにいたのは首元に真っ赤な首輪をした大きな犬。 「……迷子の犬か?」 男はそう不思議そうに呟きながら犬を眺める。 茶色の美しい毛並みを持った大型犬のようだ。 だが男は犬にあまり詳しい訳ではない為、犬種までは分からなかった。 この犬はとても人懐っこい性格をしているのか、男に対して先程から媚びを売るかのように必死に尻尾を振っていた。 その可愛さから男は思わず頭を撫でてしまう。 ふかふかとした毛の感触がとても心地よい。 いつも1人寂しく毎日を生きていた男。 そこに突然現れた犬にすっかり男は魅了されていた。 早速、男は犬を連れてペットショップへ車を走らせると犬に関する全ての食べ物やグッズなどを有り余る財産を注ぎ込んで揃えた。 高級ドッグフードや、クッションなど、そこらで飼われている犬とは比べ物にならないくらい豪華な生活用品を買い与えられたこの犬は、男からと名付けられた。 男の頭の中に 「この犬の元の飼い主を探してやろう」 などという考えは一度も浮かばなかった。 すっかりこの犬の可愛らしさに魅了されていたのだ。 ……もうこの子は私の子だ。 もう絶対に離すものか。 男はそう高級ドッグフードをムシャムシャと食べるポチを眺めながら胸に誓ったのだった。 それから始まったポチと男の過ごす日々は瞬く間に過ぎていった。 休日にポチと散歩を楽しんだり、一緒の時に飯を食べたりなど、1つ1つのかけがえのない思い出が男の中に作られていく。 男にとってポチは友人であり、息子のようなものであった。 ポチの為なら男は金を惜しまず高級ドッグフード、家、クッション、服、トイレ、ボディソープといったものを全て揃えたし、ポチも買い与えられる度に尻尾を振って喜んでいた。 家もポチの為にこれまた大金をはたいて、大改造を施した。 ポチの部屋、ポチの遊び場、プール、ポチ専用の大浴場など、完璧な設備を設置した。 全てはポチの為に。 そしてポチもいつも可愛がってくれる御主人へ恩返しのつもりなのか、散歩の際に 「ここの地面を掘れ」 という風にジェスチャーをたまにするようになった。 男はポチの言う通りに示された地面を掘ってみる。 初めはそのジェスチャーを無視しようとも思ったが、可愛いポチの頼みだ。 とりあえず従ってみることに。 やがて掘り進めていくと、なんだか木で出来た箱のようなものが地面の奥から出現した。 慌ててその箱を開けてみる。 そして男は箱の中身を見て驚愕した。 なんと箱の中身には大量の札束がぎっしりと敷き詰められていたからだ。 どうやらポチには金の匂いを嗅ぎつける、不思議な能力があるらしかった。 それからも何度かポチが散歩の際にそのジェスチャーをすると、地面の中から埋蔵金や札束が必ず出現した。 男は初めのうちはその事にかなり動揺したが、今となっては驚く事も無くなった。 もちろん手に入れた金は全てポチの為に使い果し、ポチの身につける服やアクセサリーは、どんどんきらびやかなものへとなっていった。 そしてポチとの生活が始まって2年が過ぎた。 もう、男の当初はき捨てるほどあった財産は全てポチの為に消え、もう殆ど残されてはいなかった。 しかし、ポチを飢えさせてはならないと男は変わらず高級ドッグフードや日用品を買い与え続けたが、その金もいよいよ尽きようとしていた。 現在の状況に男が絶望していた。 「もうポチに贅沢な暮らしをさせてやることは出来ない……。 うう、ごめんな、ポチ……」 自分の不甲斐なさに目から涙がこぼれた。 しかしその時。 男の涙を見たポチが急にワンワンと吠え始め、家の庭の地面をしきりに掘るようにとジェスチャーし始めたのだ。 「……ま、まさか! そこに金が眠っているのか!? そうなんだな、ポチ!」 男は慌ててシャベルを手に持ち、庭の地面を掘り始めた。 「よかった……。 ここに埋まってある金を使って、またポチに贅沢をさせられる」 男はそう安堵し、必死にシャベルで地面を掘り続けた。 しかしいつもと違い、なかなか今回は小判や札束の入った箱は出現しない。 「おかしいな……。 今回はやたら奥深くに埋まっているのだな」 男はそう思いながら、必死に地面を掘り続けた。 手に血が滲み、マメもできた。 しかし手を休めることはない。 ……ポチの勘は絶対なんだ。 外れた事など一度もないのだから。 そう呟きながら庭をずっと掘り続ける。 そうしていくうちにやがて陽が落ち、夜となった。 掘り始めてから約5時間は経つだろう。 だがまだお宝の姿は見えてこない。 男は、ポチの勘が今回は初めて外れたのではないかと不安に思い、 「なあ、ポチ。 お宝が眠っているのはここで間違いないのかい?」 とポチの方向に振り向いた。 その時だった。 ポチが敵意を剥き出しにし、首筋に噛みついたのは。 男は突然の事に抵抗出来ず、ポチに対して 「……どうして」 と語りかけるように見つめたが、ポチはそのまま無情にも男の首を食いちぎり、息の根を止めた。 男の返り血でポチの美しい毛が真っ赤に染まる。 そのままポチは死体を咥えて引きずると、男が自分で掘った穴へと突き落とし、元の土を被せた。 そして、ポチは次の飼い主を求めて夜の街を歩き始める。 狙いは寂しい富豪だ。 ポチはその対象を探し当てる自信があった。 過去に何人も殺してきた小さな殺人者は金の匂いを嗅ぎつける能力で夜の闇の中へ消えていくのであった。
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