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感謝の気持ちと零れた涙
十一月後半、感謝祭礼拝。
子供達が家から持ってきたリンゴがテーブルの上に山盛りとなっている。そこに見谷牧師と海斗、それから俺と勇星が持ってきた十個近くのリンゴを加えれば、全部でリンゴは約三十個。結構集まった方だなと思いながら、俺はほのかなリンゴの香りに包まれた礼拝室で黙祷していた。
海斗がピアノで弾いているのは感謝祭シーズンによく歌われる曲だ。一定のリズムでゆっくりと奏でられるその旋律は、旧約聖書の出エジプト記、モーセがイスラエルの民の先頭に立って歩く足音を表現している。
出エジプト記は、モーセが奴隷として虐げられていたイスラエルの民を連れてエジプトを脱出し、カナンという約束の地を目指す物語だ。食べ物がなく飢えていた彼らに神がマナを与え、それが感謝祭の始まりに繋がっている。
「俺もリンゴ食いてえ」
俺の隣で勇星が黙祷もせずに呟き、俺も思わず目を開けてしまった。
「昨日買ってきたのが家にあるだろ。本当は全部持ってくるはずだったのに、勇星が食いたいってごねるから二、三個残してきたんじゃないか」
「リンゴジュース飲みてえ。アップルパイ食いてえ」
「次から次に、思ったこと全部言うのやめろよ」
そういう俺も勇星の言葉を聞いて腹が減ってきた。思わずテーブルの上のリンゴ達を見つめるが、これは全て押川町の老人ホームに届けることとなっている。
──今日は夕食のデザートにリンゴを剥こう。
思ったその時、子供達が礼拝室に入ってきた。今日は幼稚園はお休みで、感謝祭礼拝に参加できる子だけが来てくれることになっているのだけれど──嬉しいことに、二十人全員が来てくれたのだ。
感謝祭についての話を見谷牧師から聞き、賛美歌とお祈りをして、その日の礼拝は終わった。
「よし、それじゃあみんなでリンゴを届けに行こう!」
子供達と一緒にリンゴを段ボール箱に詰めて蓋をし、一番体力のある海斗がそれを持ち上げる。
「うぉ、結構重いなぁ」
「かいと大丈夫? おれも持とうか?」
「だ、大丈夫……ありがとう、コウスケ」
「台車とかあれば良かったんだけど」
不安げな顔を海斗に向けると、勇星が腕組みをしながら首を捻って言った。
「男ならこれくらい軽くこなせよ」
「お、オッス!」
気合の声を出して海斗が更に箱を大きく持ち上げ、しっかりとした足取りで礼拝室を出て行った。
それから押川町の老人ホーム「憩いの園」までリンゴを運び、時間まで利用者のお年寄りや職員の人と話をして過ごした。子供達の来訪をお年寄りは何より喜んでくれる。歌えば手を叩いてくれて、何を話しても笑ってくれる。見谷牧師のことを知っている人も多くて、普段教会に来られない信徒の人は子供達の讃美歌に涙を流していた。
「リンゴ食べてくれるかなぁ」
「絶対食べてくれるよ」
帰り道、子供達が嬉しそうに話しているのを聞きながら俺は頬を緩ませていた。休日にこうして子供達と何かをするのが楽しかったからだ。
行事が一つ終わるごとに、また新しい行事がくる。俺達にとっては毎年繰り返される当たり前のことだけれど、子供達は違うのだ。こまどり組は初めての感謝祭だし、つばめ組は幼稚園で行なう今年最後の感謝祭。冬が近付き、その先の春を思うと少し寂しい気持ちになるのは俺だけじゃないはずだ。子供達の成長を願う一方で、幼稚園から巣立って行く姿を想像すると泣きそうになってくる。
先生って大変だなぁ。……俺はバイトだけど。
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