新しい部屋と新しい理解者

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新しい部屋と新しい理解者

『十月も後半、すっかり秋の装いになりました。公園で拾った松ぼっくりやどんぐりは、子供達のこの時期ならではの宝物です』。  十月二十五日、金曜日。 「おとや先生! 帽子付きのどんぐり!」 「お、よく見つけたね。可愛い」 「先生にあげる。おひっこしのお祝い」 「ありがとう、雪名」  そうなのだ。明日はいよいよ引っ越しの日。予定より少し早いけど、約二年暮らしたあの五畳のワンルームとも、今日でお別れなのだ。  当然のように勇星と住む流れで決めた2DKの部屋は、今のアパートとそれほど距離は離れていない。むしろほんのちょっとだけ幼稚園から近くなったくらいで、居酒屋「弥平」にも変わらず通える。家賃は十五万で、この町の2DKにしては少し高い。ちなみに俺が五万、勇星は八万。光熱費は折版だ。  大きな音を出しても大丈夫という条件を優先した訳だけれど、そうなると「楽器可能」の部屋になるらしい。幼稚園から近くて楽器可能の部屋で築年数もなるべく新しいもの(これは勇星の出した条件)で探してもらったら、ここ一件しかなかったのだ。  だけど今より広い部屋に住めるというだけで、俺の気分は上がっていた。 「おとやー、おれもどんぐりあげる!」 「わたしも!」 「ありがとー」  園庭にたくさん落ちているどんぐりが、次々と俺のポケットに収納されて行く。空になったティッシュケースにどんぐりを移し、マジックで側面に「おとや」と書く。それを教室の棚の上に置き、しばらくして見たらどんぐりは山盛りになっていた。 ✱ 「勇星、この机はどこに置くんだ?」 「リビングでいいか。寝室に作業机置くのも嫌だろ」  勇星の机、それからスタンドライト。小さめのソファも置いて、ラグとカーテンも新調した。布団は並べて寝室に敷けるし、風呂もキッチンも前よりちょっと広い。冷蔵庫と洗濯機、これからの時期に大活躍の加湿器。そして、棚の上にはどんぐりが詰まったティッシュケース。  色違いの歯ブラシとコップ、箸と食器。引っ越しの業者には変に思われたかもしれないけれど、今日から正真正銘の男二人、同棲生活。 「取り敢えずこんなモンか。お疲れ、音弥くん」 「お疲れ様。あー、いいなぁ広い部屋」  ソファに腰を下ろして伸びをすると、勇星が隣に座って俺の髪をくしゃくしゃと撫でてきた。 「俺の安月給じゃここが精いっぱいだ。いつか六本木のタワーマンションに住ませてやるからな」  冗談ぽく言いながら勇星が俺の額に口付ける。 「そういや、あのどんぐり。もう少し何とかしろよ、虫が湧いたら困る」 「湧かないでしょ」 「後は細かい雑貨も買いに行かねえとな。音弥くん欲しい物あるか」 「前にテレビで見たんだけど、マグカップに米と水入れてチンすると炊き立てご飯ができるって。そのカップがこの辺じゃ売ってないんだよ」 「んじゃ、明日にでも探しに行くか。俺も炊いた飯食いたい」  それからコルクボードに子供達との写真も飾りたい。写真立てには勇星との写真も飾りたい。お洒落な部屋用のフレグランスと、タッチ式のライト。ちょっとしたインテリアになりそうなもの。  壁は防音だから歌っても苦情はこない。ついでに、「そういう時の声」も漏れることはない。  今日から俺達の再スタートだ。勇星とのこれからが楽しみで仕方ない。 「今後ともよろしくな、音弥くん」 「うん。よろしく」  どちらともなく目を閉じて、唇を重ね合う──と、その時。ふいに玄関で呼び鈴が鳴った。 「大家さんかな? ちょっと出てくるよ」 「早めに済ませて戻れよ。脱いで待ってる」 「アホ!」
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