聖夜の準備の劇と歌

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「おお、音弥。これでみんな揃ったな」  礼拝室のドアから年長つばめ組の教室へ入ると、園長の見谷(みたに)牧師、勇星、それから同じく教諭の海斗(かいと)が俺を待っていた。 「それでは今日の報告だが」  見谷牧師がメモを開く。子供達からも保護者からも押川町の人達からも愛されている見谷牧師は、俺がこの世で尊敬する数少ない大人の一人だ。親に捨てられ傷付いていた少年時代の俺を、音楽と物語で救ってくれた牧師。いつでも笑っていて人に優しく、俺の父親のような存在でもあった。  勇星も施設にいた頃は見谷牧師の世話になっていたという。だから勇星は、はっきり牧師のことを「親父」と呼んでいるのだ。 「いよいよクリスマスに向けての準備をしたいと思う。今日は降誕劇の配役決めをしよう」  十二月に行なわれるクリスマス礼拝。メインは子供達のキリスト降誕劇だ。マリアへの受胎告知から、馬小屋でイエスを産むまでの物語。羊飼いや博士がそこに赴き、皆でお祝いをする。  単純だけど俺はこの劇が好きだった。前にDVDで有名劇団とオーケストラの降誕劇を見た時は、感動して鼻水が止まらなかったほどだ。 「主役のマリア。マリアに受胎告知をする天使ガブリエル。マリアの夫ヨセフ。羊飼いと博士が三人ずつ、羊飼いの連れている羊が三人、宿屋の主人が三人、牧場で現れる天使が四人……」  俺と海斗は牧師の言葉にメモを取るが、勇星は俺の隣で腕組みをし、あくびをしていた。 「今年の園児の数は二十人ですよ。残りの一人はどうするんですか?」  そうだなぁ、と牧師が顎に手をあてる。すると、勇星が腕組みを解いて牧師に言った。 「肝心のイエスの役はねえのか」 「イエスは赤ん坊だから、毎年人形を使ってるんだ」  ふうん、と勇星が興味なさげに相槌を打つ。 「でも一人余るんじゃ、イエス様の役でもいいかもしれませんね」 「うーん。あ、それじゃあさ……」  短い髪を掻きながら、海斗が言った。 「天使の数を五人にすればいいんじゃないですか? ガブリエルと合わせて六人になるから、左右に三人ずつでバランスも良いし」  正直、その辺りは毎年かなり適当だ。一昨年は園児が足りなくて俺も羊飼いの役で参加したし、去年も俺は博士になり、見谷牧師も宿屋の主人になった。 「そうだなぁ。他に思い付かなければ、天使を五人にしようか」 「今年の伴奏は、ゆう先生の方がいいですよね」  いつもピアノ伴奏をしている海斗だが、今年は勇星がいる。どうやら海斗は勇星の伴奏の方が自分より上手いからと、遠慮しているらしい。 「いいや、伴奏は海斗に頼むよ」  見谷牧師が言った。 「勇星には歌の監修をしてもらいたい。本番、緊張して歌えなくなった子がいたら勇星が指揮をして導いてくれ」 「別にいいけどよ。音弥、そういう場面になったらちゃんと起こしてくれよ」 「寝る前提で話すなっ!」  相変わらず不真面目な男ではあるけれど、俺達は勇星の指揮に絶大な信頼をおいていた。その指先は流れるように動き、力強く振り上げ、振り下ろされる。空気を掴み、切り、かき回して拡散させる。  まるで魔法のような指先。歌い手はその指揮に心を操られ、感情のコントロールをされ、意識していなくても思っている以上の歌声を発揮「させられる」。一時期は指揮者を目指していた勇星が、何を思ってそれを断念したのかは俺には分からないけれど──俺達にとって勇星は、唯一無二のコンダクターだった。 「それじゃあ、よろしく頼むよみんな」 「はい!」
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