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十二月九日、月曜日。クリスマス礼拝の約二週間前。
「穢れなき少女マリア、おめでとう。神様はあなたをお選びになりました」
「いったいどういうことでしょう。何だか心配でございます」
「怖がることはないのです。あなたに赤ちゃんが産まれます。それは神の子、イエス様なのです」
「何ということでしょう、私はとっても幸せでございます。神様、どうもありがとう!」
ユリカと早苗の歌の掛け合いも完璧だ。早苗は始めこそ自信なさげだったが、勇星が付きっきりで教えたお陰か、日に日に大きな声で歌えるようになっていた。ユリカは始めから自信満々だし、この二人は心配なさそうだ。
「その頃行なわれていたローマ皇帝の人口調査命令により、ダビデの家系であったヨセフは赤子を宿した許嫁のマリアと共にナザレを出て、ユダヤのベツレヘム、ダビデの町へ上って行った。ところが、彼らがベツレヘムに滞在している途中でマリアは月が満ち、赤子を産むための宿を探し求めることとなった」
見谷牧師のナレーションの途中で場面が変わり、三軒の宿屋の主に扮したコウスケ、健太郎、タカヒロが舞台上にスタンバイする。ヨセフとマリアは一軒ずつ宿屋を尋ねるが、満室で断られてしまうというシーンだ。
「トントン、宿屋さん。どうか一晩泊めてもらえますか」
「どこもお部屋はいっぱいです。他をあたってください」
「トントン、宿屋さん。どうか一晩泊めてもらえますか」
「今日はお部屋がいっぱいです。他をあたってください」
立て続けに二軒の宿屋に断られ、最後のタカヒロの宿へと移動するヨセフとマリア。
「トントン、宿屋さん。どうか一晩泊めてもらえますか」
「馬小屋ならば空いています。そこにお泊まりなさい」
イエスは臭くて汚い馬小屋で産まれることとなる。暖かなベッドもなく飼い葉おけの中へと寝かされ、優しい馬に見守られて眠るのだ。
──さて、次は俺の番だ。
「その夜、この地方の羊飼い達が野宿をしながら羊の群れの番をしていた。すると天の御使いが現れ、主の栄光が彼らを包むように夜空いっぱい光り出したため、彼らは非常に恐れた」
眠気防止のためにナレーションの台詞を割り当てられた勇星が、まだ覚えていないのか台本のメモを見ながら言った。
ユリカを筆頭に天使役の三人が舞台に立ち、大きく広げた手を上下に揺らしながら言った。
「恐れてはなりません。今日この日、あなたがたに喜びを伝えに参りました」
「ダビデの町に救い主がお産まれになった。この方こそが主なるキリストである」
「あなたがたは、飼い葉おけに眠る幼子を見るでしょう。それこそがあなたがたへの印です」
真梨香、愛花、ユリカの順で台詞を言い、最後のユリカの台詞の後で別の天使三人が加わり、総勢六人のつばめ組とうぐいす組の女子達が一斉に歌い始めた。
「天には栄光を、御神にあれ。地には平和を、人にあれ!」
簡単な歌が終わったところで、羊飼い役の道介が照れながら言う。
「さあ、みんなでベツレヘムへ行き、神の印を見に行こう!」
俺はこまどり組の羊たちである大也とユリエと手を繋ぎ、同じく羊役のアサトを腰にしがみつかせながら大きく頷いた。
ぞろぞろと舞台からはけた後で、また勇星がメモを見ながら言った。
「同じ頃、星の研究をしていた東の国の博士たちが、西の夜空に輝く星を見て、まことの王の誕生を知った。彼らは捧げものを用意し、命の危険を覚悟してベツレヘムへと旅立ったのである」
博士役のテルキ、裕太、ヒロト。彼らが持つ杖は、先週公園まで拾いに行ったお気に入りの頑丈な枝だ。
「我々にとってのまことの王がお生まれになった」
「黄金と乳香、没薬を持ってお祝いに向かおう」
「いざ進め、あの星を目指して!」
これで演技の方はほぼ終了だ。後は二十人全員が馬小屋に集合するシーンとなり、牧師の最後のナレーションで締めとなる。
「こうして神の子イエスは人として人の世に産まれ、人の悩みを受け、人の罪を背負い、人々を救うこととなるのです。これは今から二千年以上前に起きた、奇跡の夜の出来事。今一度皆さんで、キリストの誕生をお祝いしましょう」
言い終わるのと当時に海斗が伴奏を始め、全員で「果てない空に」を合唱する。
グロリア・イン・エクチェルシス・デオ──「いと高き所に栄光を、神にあれ」。
歌が終わったら降誕劇も終了だ。ちなみにこの時、勇星は指揮をしない。前に立つと客席から子供達が見えなくなるからだ。ビデオやデジカメで我が子達を撮影する保護者への配慮だった。親しみのある曲なので、子供達に任せても大丈夫だろう。
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