聖夜の準備の劇と歌

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「あーあーあー、あーあー」  勇星はピアノの前に一人ずつ立たせ、発声させていた。俺が入って来たのにも気付いたはずだが、こういう時の勇星は他のことにはチラリとも意識を向けない。 「次、早苗」 「う、うん」  ドミソミドから始まって、徐々に音程を上げて行く。俺も前にやったことはあるけれど、殆ど地声で歌う子供にとっては結構きついはずだ。 「あーあーあーあーあー」  自信がないと言っていた割に、早苗の声はどんどん高くなって行く。 「ここでストップ。この音だけアーで出してみろ」 「あ──……」  勇星が鍵盤を何度も叩き、音程を調整する。見ればそれは始めの音より一オクターブと半分まで行ったところの、ファのシャープだった。  突き抜けるような早苗の声が教室に響き渡る。一分近くそのままだったんじゃないだろうか。勇星が鍵盤から指を離すと、早苗の声もようやく止まった。 「ガブリエルはユリカだ」 「やったあ!」 「ユリカちゃんいいなぁ!」 「すごい!」  予想に反して天使役はユリカになった訳だが、俺には勇星の目的が分かっていた。 「早苗はマリア役を頼む」 「えっ……?」 「ゆう先生、私は?」 「真梨香は天使ラファエルだな。最後の盛り上がりで、盛大に歌ってくれ」 「やった! 私も天使だー!」  劇中、ガブリエルがソロで歌うのは受胎告知の一度だけ。マリアはその後も何度か歌うため、勇星は自分が良しとした歌声を持つ早苗にマリアの役をあてたのだ。 「お疲れ、勇星」 「おう、音弥くん。いたのか」  ピアノの横まで来たから、俺がいるのには絶対気付いていたはずなのに。一度「音楽家」の顔になると恋人さえもいないものとして扱う勇星が、俺は嫌いではなかった。  その後は礼拝室に戻ってそれぞれの役が決まったことを発表し、最後に牧師が皆に言った。 「今年は皆で合唱をすることになったよ。いつも皆で歌っているようなものじゃなくて、もう少し難しい讃美歌だけど、どうかな? 歌ってくれるかい?」  どんな歌ですか、と最前列で声が上がった。 「よし、それじゃあ今から曲をかけるからね。お喋りなしで聴くんだよ」
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