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牧師がオーディオにCDをセットし、再生ボタンを押した。曲名は「牧場に星がきらめき」だ。
牧場に星がきらめき メシアの印なりき
試練の旅路の果てに 救いの光灯りたもう
夜明け待つベツレヘムに 約束の朝が来る
今こそ御使いの歌 響けよ地から地へと
いざ歌え 今宵ともに
いざ進め かの星の元へ
心地好いピアノの伴奏と、静かな夜に起きた奇跡を歌う声。俺は目を閉じ聞き入り、その情景を思い浮かべた。
その昔、羊飼いは貧しい者として時には見下され差別されていた。神はそんな弱い者たちにこそ、キリスト降誕の知らせを届けたのだ。羊が眠る静かな夜、空に現れた天使達を見て羊飼いは何を思っただろう。待ち望んでいた救い主の誕生に、どれほどの喜びを抱いただろう。
「どうかな? 皆、歌えそうかい?」
ともあれ幼稚園児が歌うには少し難しい歌だと思った。キーも高いし、慣れない言い回しに加えて歌詞も全てひらがなに直す予定だから、余計に意味が分からなくなるだろう。
「歌いたい!」
「歌いたーい」
だけど、難しかろうと意味を理解してなかろうと、子供達は歌が好きだ。「反対するチビが一人でもいたら指揮はしねえ」と言っていた勇星の言葉は、どうやら初めから気にする必要はなかったらしい。
歌も決まって、劇の配役も決まった。昼食を食べて午後はたっぷり遊んで、あっという間に一日は終わる。今日も一日、楽しかった。
✱
「天使が人気なのは仕方ないけど、まさか誰も主役をやりたがらないとは思わなかったなぁ」
午後七時、和風居酒屋「弥平」。
夕食代わりの焼き鳥を頬張る俺の隣で、「そんなモンだろ」と勇星がビールを呷った。
「勇星は早苗の声が良いって思ったんだな。俺には皆の声の違いがよく分からなかったけど……」
「早苗が一番声にブレがなかった。ちゃんと裏声で歌えてたしな、もう少しデカい声で堂々と歌えればもっといいが、それは今後の俺の課題でもある」
「勇星なら大丈夫だろ」
カウンターの向こうから手を伸ばした店主の弥平さんが、唐揚げの皿を俺達の前に置いた。
「勇ちゃん、音ちゃん、俺からのサービス。いつもありがとうね」
「いいんですか? やった!」
「ウチのチビが世話になってるから。クリスマス礼拝ってやつ、俺もウチのと見に行くからな。楽しみにしてるよ」
弥平さんはこまどり組のアサトの父親だ。ちなみにアサトは羊の役で、当日もしじっとしていられなかったら、俺が抱っこすることになっている。
見谷牧師と初めてこの居酒屋に入ったのは二年前──まだアサトがベビーカーに乗っていたかもしれない頃だ。弥平さんと牧師が古い友人だとかで、今では俺も、ついでに勇星も親しくしてもらっている。
「ん。旨い。ビールに合うな。弥平さん、ビールジョッキでくれ」
「あいよ」
「飲み過ぎるなよ、勇星」
「分かってる、分かってる」
言いながらも既に勇星の顔は赤い。アパートも近いし酔い潰れてしまうのは構わないけれど、翌朝起こす時に苦労するのは俺だ。
「あと一杯飲んだら帰ろう。弥平さん、俺も梅酒ロック」
「あいよ!」
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