158人が本棚に入れています
本棚に追加
*
「ひつじも眠る静かな夜に、御使い達が現れました」
「恐れるな、私は全ての人に今日この日の訪れを告げにきたのです」
「今日、ダビデの町ベツレヘムに、救い主がお生まれになりました」
「御使い達は歌いました。いと高きところに栄光を、神にあれ。地には平和を、人にあれ」
見谷牧師を含めた俺達四人が一節ずつナレーションをして、それから伴奏が始まる。
「まきばにほしがきらめき メシアのしるしなりき」
「しれんのたびじのはてに すくいのひかりともりたもう」
「………」
勇星が仏頂面で顎に手をやり、園児達の歌をじっと聞いている。まだ覚えたての歌だ。やる気は満々でも、調子が取れないのは仕方がないだろう。
「親父。チビ達に歌詞の説明はしてあるんだよな」
言われた牧師が「はじめてのクリスマス」を開いて頷いた。
「ああ、羊飼いのシーンはちゃんと説明した」
勇星が傍らの聖書を開き、独り言のように呟く。
「……分かりにくいか? いや、チビ達には分かりにくいだろうな……」
俺も聖書を取って、恐らく勇星が見ているであろうページを開いた。ルカによる福音書、二章八節から十五節。羊飼いの元に天使がお告げに来たシーンだ。
「この歌詞の意味がよく分かってる人」
勇星が子供達に言った。手をあげたのは二十人中、親がクリスチャンである数人だけだ。
「分かってねえじゃねえか、親父」
「こ、言葉の全部は無理だろう。何となく分かってるだけでも充分じゃないか」
「何となくってあんた、それが牧師の言うことか」
海斗が腰に両手をあてて溜息をつき、俺に困ったような笑みを向けた。血は繋がっていないが、勇星と牧師の「親子コント」が繰り広げられるのは毎度のことだ。
「みんな、意味が分からないところがあったら教えてよ」
仕方なく俺が子供達の前に立つと、早速タカヒロが「しれんのたびじ」って何? と声をあげた。
こほん、と一つ咳をして、多分合っているであろう答えを子供達に教える。
「この時の人達って、今と違って生きるのがすっごく大変だったんだ。毎日毎日疲れててお腹も空いてただろうし、テレビも漫画も無かったし、とにかく生きるのに精いっぱいでさ。いつか神様が救いをくれるって信じて、信じて、何百年も経っちゃったんだよ。そんな辛い何百年もの時を過ごして、ようやく、やっと、神様が救いの印をくれた! ってわけ」
「すごい長生きだね」
「ち、違う。何百年もみんなが生きてた訳じゃなくて……」
子供に教えるって大変だ。俺には牧師を責められない。
「分かりやすく言えば、お前達の爺さん、そのまた爺さん、そのまた爺さんの爺さんの爺さんの頃からずっと、救いを待ってたってことだ」
勇星が言うと、子供達が「えー!」と声をあげた。
「長い長い長い時間が経って、やっと『救いの光が灯った』んだ。何でそんな時間がかかった、なんて質問はするなよ。大事なのは、灯ったその光に喜びの気持ちを爆発させることだ」
「みんなも想像してみてよ。ずっとずっとお願いしていたことが、ようやく叶った時の気持ち」
子供達がそれぞれ顔を見合わせ、笑った。
見谷牧師が手を叩く。
「よし、それじゃもう一回、最初から歌ってみよう」
最初のコメントを投稿しよう!