聖夜の準備の劇と歌

7/9
前へ
/65ページ
次へ
* 「ひつじも眠る静かな夜に、御使い達が現れました」 「恐れるな、私は全ての人に今日この日の訪れを告げにきたのです」 「今日、ダビデの町ベツレヘムに、救い主がお生まれになりました」 「御使い達は歌いました。いと高きところに栄光を、神にあれ。地には平和を、人にあれ」  見谷牧師を含めた俺達四人が一節ずつナレーションをして、それから伴奏が始まる。 「まきばにほしがきらめき メシアのしるしなりき」 「しれんのたびじのはてに すくいのひかりともりたもう」 「………」  勇星が仏頂面で顎に手をやり、園児達の歌をじっと聞いている。まだ覚えたての歌だ。やる気は満々でも、調子が取れないのは仕方がないだろう。 「親父。チビ達に歌詞の説明はしてあるんだよな」  言われた牧師が「はじめてのクリスマス」を開いて頷いた。 「ああ、羊飼いのシーンはちゃんと説明した」  勇星が傍らの聖書を開き、独り言のように呟く。 「……分かりにくいか? いや、チビ達には分かりにくいだろうな……」  俺も聖書を取って、恐らく勇星が見ているであろうページを開いた。ルカによる福音書、二章八節から十五節。羊飼いの元に天使がお告げに来たシーンだ。 「この歌詞の意味がよく分かってる人」  勇星が子供達に言った。手をあげたのは二十人中、親がクリスチャンである数人だけだ。 「分かってねえじゃねえか、親父」 「こ、言葉の全部は無理だろう。何となく分かってるだけでも充分じゃないか」 「何となくってあんた、それが牧師の言うことか」  海斗が腰に両手をあてて溜息をつき、俺に困ったような笑みを向けた。血は繋がっていないが、勇星と牧師の「親子コント」が繰り広げられるのは毎度のことだ。 「みんな、意味が分からないところがあったら教えてよ」  仕方なく俺が子供達の前に立つと、早速タカヒロが「しれんのたびじ」って何? と声をあげた。  こほん、と一つ咳をして、多分合っているであろう答えを子供達に教える。 「この時の人達って、今と違って生きるのがすっごく大変だったんだ。毎日毎日疲れててお腹も空いてただろうし、テレビも漫画も無かったし、とにかく生きるのに精いっぱいでさ。いつか神様が救いをくれるって信じて、信じて、何百年も経っちゃったんだよ。そんな辛い何百年もの時を過ごして、ようやく、やっと、神様が救いの印をくれた! ってわけ」 「すごい長生きだね」 「ち、違う。何百年もみんなが生きてた訳じゃなくて……」  子供に教えるって大変だ。俺には牧師を責められない。 「分かりやすく言えば、お前達の爺さん、そのまた爺さん、そのまた爺さんの爺さんの爺さんの頃からずっと、救いを待ってたってことだ」  勇星が言うと、子供達が「えー!」と声をあげた。 「長い長い長い時間が経って、やっと『救いの光が灯った』んだ。何でそんな時間がかかった、なんて質問はするなよ。大事なのは、灯ったその光に喜びの気持ちを爆発させることだ」 「みんなも想像してみてよ。ずっとずっとお願いしていたことが、ようやく叶った時の気持ち」  子供達がそれぞれ顔を見合わせ、笑った。  見谷牧師が手を叩く。 「よし、それじゃもう一回、最初から歌ってみよう」
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

157人が本棚に入れています
本棚に追加