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「親父、音弥」
呼ばれて顔を向けると、勇星が楽譜で口元を隠しながら俺達に囁いた。
「まあチビ共の中に二人が入るとして、問題は……」
「えっ? 入るって……? だ、だって凄く良かったじゃん今の合唱。俺達が入らなくても良さそうですよね、牧師」
「ああ、私も完璧だと思ったが……」
勇星の眉間に皺が寄る。そのまま口をぽかんと開けて、……これは呆気にとられた時の顔だ。お前らマジか、このまま行く気か、の顔だ。
「だって……何が問題なんだよ? 本番まであと一か月以上あるし、勇星だって、まあまあだって言って……」
「違くて」
勇星が楽譜を開いて見せる。
「パート分けしねえのか、って話。音弥はソプラノ、親父はアルトだとして、メッツォのパートがいねえのはキツいだろ。二十人のチビを七・七・六に分けたとして、大人のいないパートを歌うチビが別の音に引っ張られちまう」
「ええ……別に分けなくていいじゃん。そんなこだわらなくても」
「俺はこだわる」
うーん、と牧師が唸って顎に手をあてた。
「確かに分けても良いかもしれないな」
「牧師」
「流石分かってるな、親父」
「こうしたらどうだ? メッツォのパートは無しにして、ソプラノとアルト、単純に上と下とで分けるというのは」
「全然分かってねえじゃねえかよ」
「でも、その辺がギリギリだと思うよ。今までパート分けして歌ったことすらないんだから、子供達も混乱すると思うし。下の子はまだ三歳だぞ。それに、劇の練習もあるしさ」
「………」
不機嫌な顔で勇星が押し黙る。ひそひそと話す俺達を見て、子供達も不安げな顔だ。
「仕方ねえ。男と女で分けるか」
「それだと十一人と九人だから、丁度いいかもね」
「その代わり、音弥はソプラノで九人の方に入れ。デカい声で歌わなくていいから、なるべくソプラノの後押しをしろ」
「わ、分かった」
恐らくそれが勇星が譲れるギリギリのラインなのだろう。任されたからには、頑張らないと。
「そんじゃ、小僧たちはひとまず俺が引き受ける。後の時間は適当に遊んでてくれ」
大丈夫かなと思ったけれど、勇星ならきっと大丈夫だ。
「………」
それにしても。昨日あれほど言ったのに夜風呂に入らず寝ていた間抜け顔が、この真剣な横顔になるなんて。人って、分からないモンだと思う。
「おい、どこに行く音弥」
「え? 女の子達と遊びに……」
「お前も残れ。ハモる対象がいなくなるだろ」
「……はい」
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