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聖夜の準備の劇と歌
十月二十一日、月曜日。午前八時半。
太陽の光がめいっぱいに降り注ぐ礼拝室に立った俺は、説教壇に向かって目を閉じ静かに祈っていた。
祈りの内容はとりとめのないことばかりで、特にまとまってはいない。今日一日、子供達が怪我をしませんようにとか、楽しく過ごせますようにとか。
二年前、牧師に教えてもらった「祈り方」。それは「神様」「お父様」と呼びかけるところから始まり、「イエスを通して捧げる祈り」であることを言って終わる。
アーメン。──その意味はヘブライ語で「確かに」「本当に」。会衆席の人達がアーメンを口に出して言うのは「同意します」の意味。今は俺の声が静かに響くだけだ。
ここ最近、毎朝の祈りはなるべく欠かさないようにしている。信仰心が芽生えた訳ではなく、何となくそうしているというだけだ。
押川新生幼稚園、ここでアルバイトを始めて二年半。平日はここに通う二十人の子供達の相手をし、日曜日はこの礼拝室で教会の手伝いをしている。幼稚園での仕事も教会での活動も、施設で暮らしていた頃に目をかけてくれていた見谷牧師の好意によるものだった。牧師は幼稚園の園長も兼ねているのだ。
俺はこの仕事を気に入っている。讃美歌を歌うのは好きだし、聖書を読むのも好きだし、何より子供達の相手をするのが好きだからだ。
それに。
「音弥」
「勇星……」
「祈り終わったら、親父が来てくれってさ。今日の打ち合わせだってよ」
焦げ茶色の髪、鳶色の瞳、整った目鼻立ちによく通る低い声。
空島勇星──この幼稚園の教諭で、俺の大事な恋人。言葉遣いが悪くてあまり先生っぽくはないけれど、心根は優しく子供達からも好かれていて、音楽を愛す繊細さを持ちながらいざという時は誰よりも頼りになる男。
勇星と出会い心を通わせてから約四か月、初めて一線を越えてから約一週間──俺は生まれて初めて「好きになった人」に小さく微笑み、頷いた。
「分かった、すぐ行く」
勇星が礼拝室を出て行った後で俺は十字架を見上げ、今日の始まりを感謝した。
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