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「そうだった桜牙君飯だ、飯、飯!っわ、あっぶねぇっ」
ペタっと素足が床につく音がした。
突然上体を起こした敦志は狭い施行台から飛び落ちた。見事に落ちた。
完璧にバランスを崩して、上半身は何の支えもなく床に落ちた。
落ちるはずだった。
高さのあるこの台から落ちれば、うまく落ちても逆立ちするみてぇな形で顔面直撃を避けるのが最善のはず。
けど。
「見事な着地、何かスポーツしてんだろ?何してんの?んーつか、ひとまずパンツはいとく?」
「あ、いけね。ぷらぷらしてんね、はははっ」
ジタバタが済んだと思えば、次はドタバタといった具合に服だ飯だタバコだと大騒ぎ。
横で俺は、手早く後片付けを済ませ、タバコをふかしながらジーンズを手に取る敦志を眺めていた。
そして穴を開けるつもりで凝視してやった。無遠慮とは俺のための言葉、文句あっかこんにゃろ。
この角度から見るコイツの背中の美しいことといったらねぇ。クの字の姿勢から伸ばされた長い腕、肩から首の筋肉美。
「なぁ、敦志さんって敦志でい?いや、もう敦志って呼ぶ。俺も君だのさんだの無しでよろしく。そーゆー距離キライ。で?何で今夜来た?」
「え」
ピョンピョン跳ねながらジーンズを腰まで上げたとこで敦志の動きがピタリと停止。
ほら、まただ。
敦志はしっかり俺に視線を固定したのに、振り切るようにしてバックルに視線を落とした。
ゆっくりとした動作でバックルを止め、ファスナーを上げる指。顔を上げないのはきっと俺にツラを見せたくねぇんだろう。
「俺、あんたに会いたかった」
敦志の線は細い。が、骨の太そうなその手は意思の強さを体現してるようだ。
「え」
欲しいものは欲しい。
この男を好きかなんて、この瞬間でも10年後でも感じる事は同じ。出会って横に並んだだけで分かる事がある。
言葉や行動なんか相手の事をよく知らないからとビビって後付けしてるだけだ。
踏み込んでいいのか、惚れてもいいのか、後悔しないのか、傷つきはしないか。
全部、出会った時に既に惚れていた事実を、確固たるものにするための単なる確認作業だろ?
チビチビのんびり相手を知りましょうなんて、俺の性分にはまったくもって不必要。
ファーストコンタクトを俺から行った時には、決めちまってんだ。こいつと一緒になると。
「会いたかったっつってんの。あんたもだろ。だから今夜来た」
俺がお前の方を向いた時には、俺はお前の事しか見てねぇよ。お前の気持ちがどこにあっても、迷ってても、不透明だからと足踏みしてたって俺は決めた後だ。
お前だけを見るよ。こっから先、お前だけを見る。
「え、ん。まぁ、俺も会いたかった、かもだ割と」
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