MEMORY

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※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 「辛気くさい顔してどしたぁ?」 三鷹駅前徒歩一分。アパート隣は月極め駐車場、1LDKの小奇麗な一室の主は二週間ぶりに会う俺にコーヒーを淹れている。 「ほれ、とりあえず飲む?やる?」 ガラステーブルにコトリと置かれた揃いのマグ。ステンレス製のそれの中底にはご丁寧にメッセージが彫られていて。“Thanks for the chance to see you.”会えてよかった的なニュアンス?よく分かんねぇけど。 「あのさ、俺、お前と別れる」 32歳、一流企業勤め、倹約家で将来の夢は都内に一戸建ての邸宅を建てる事。俺と出会って7ヵ月。俺と付き合って7ヵ月。 「は?」 「や、身辺整理。付き合いたい奴がいる」 「はぁ?」 薄茶色の目に怒りの色が静かに見て取れる。人の怒りに触れると何だろう、何故だか、じゃあ一緒に死んでやろうか?って気持ちになる。 泣いてる人を見ると理由が知りたくなるし、泣いてる自分に酔ってるのか覗き込んじまうし。笑ってる最中の人と目があった瞬間の、スーッと全身を検知されるような。一瞬の間に笑ってたはずの目が、俺の中を頭から足先まで通過していくあの気味の悪い感じとか。 グレーのホリスターのパンツとか。俺の七色虹パンツとか。 勃起したナニを、スウェット越しに握りしめてるあの映像とか。 「つーことで、悪いんだがそーゆーことでよろしく」 この人は安息地をくれた人。字が綺麗で計算がめちゃクソ早くて、何より世の中の常識ってやつを知っている。葬式に持って行く金の封筒はグレーの墨で書くとか、人間の利尿速度は毎分16mlとか。 月給48万、ボーナス3,0倍。ネイビーのスーツがすげぇ似合う。そんな人。 「待て待て待て、うん、要件は理解した。お前が決めたのなら曲がらないんだろう。わかった、別れる。でだ、提案なんだけど月イチでいいから通って来いよ。美味い酒でも飲もう」
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