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カマキリの卵鞘。硬くて乾いた強固な要塞。指で小突いても剥がそうと試みても容易に落ちない強固な要塞。なんてみすぼらしいのだろう。色も形も通り名のごとくまさしく老人の陰嚢そのものだ。
ほら、誰も触りたくないだろう?好んで持ち帰り私物化したくないだろう?探し出してコレクションしようと思わないだろう。
ほら、生存率が跳ねあがる。さすが、戦略家。
その壁を破って今出てくるのが、薄い皮をまとった小さな小さな戦士。
壁を破って出てくる?少し違う。シェイクしたコーラから泡が溢れるように前幼虫が沸いて出てくる、示し合わせたように沸いて出てくるブクブ沸いてあふれ出てくる。
それはまるでさ、ある日突然中にいる全ての前幼虫達が一斉に大きく息を吸い込んで、その身を数倍に膨らませ、突如容積が肥大し飽和し。先刻までピタリと収まっていた要塞内部を圧迫し崩壊させ一線の亀裂を生じさせる。その一点からとめどなく外へあふれ出てきているようで。
物凄く神秘的。
ねぇ。君たちこんにちは、初めまして。
卵鞘に宙ずりになる第一陣。それにぶら下がる第二陣、さらに垂れ下がる前幼虫達。その姿はまるで手も足もない芋虫と同じ。白くてニョキりとうねっていて丸く黒い点が2つ。
要塞から湧いて生まれてくる子供たち。ヤモリの卵のように小さく美しく、一匹ずつ完璧な姿で生まれてくるのではなく。
凛々しく勇敢で短気で喧嘩っ早く、容姿端麗な両親とは天と地の差の彼ら。
でも、ほら、すぐに薄い皮を脱ぐんだ。するともう彼らの外観は草原のハンターのそれ。草原の王者たる風格を既にまとい、細部に至るまで洗練された完璧な容姿。大鎌を持ち上げる姿も決まってる。
彼らは兄弟達にさよならも言わず草原へ散っていく。そしてひと夏の間狩りの腕を磨き脱皮を繰り返し大きく逞しく育っていく。
アブラムシに反撃され怯んでいたひ弱な彼はもういない。地面に降りたばかりにアリに見つかり食われる他なかった彼も、もういない。彼は生き残ったのだ。
最後の脱皮の時は来る。幼虫から成虫へ変わる最後の時。慣れ親しんだ薄い皮、その背中の表面、細長いくぼみは真っすぐ割け悠然と頭をもたげる成虫になったカマキリ。
彼は最後の脱皮を経て翅を得る。
草原の王者の誕生だ。
蜘蛛が張る鋼鉄の糸だって切り裂ける。彼を食おうと目論むのなら足の二、三本無くなるのは覚悟の上。いいや、返り討ちにしてくれる。八本の足を一本ずつ食いちぎり胴体だけになった蜘蛛を地面へ放る。あとはゆっくり糸を食いちぎっていけばいい。
季節は秋。
メスの背後に忍び寄る影。静かにそっと、そして素早く事は遂行される、交尾だ。動くもの全てを捕らえる本能。そしてそれを可能にする身体能力。
秋、メスは腹を空かせている。当然忍び寄って来た雄を捕らえかじりつくメス。オスの頭をむしゃむしゃ食べる。ムシャムシャ食べる。
オスが交尾に必死に向き合うなか、メスは交尾など二の次。目の前の食欲が俄然優勢。交尾の為に雄を探すこともしない、もっぱらメスを探して飛び回るのはオスばかり。生物にとって最も根深く濃く刻まれてているはずの生殖という本能はオスのひたむきな努力のみに支えられている。カマキリが滅びないのはオスのおかげ、違うかい?
首のもげた雄の体。
あのスタイリッシュな逆三角形の顔がない。セミと同じ三つ並んだ単眼、360度視界を可能にする複眼、そして何より僕に永遠の錯覚を見せる偽瞳孔がない。
彼の頭がない。
でも、彼の腹は脈打っていた。メスの腹に精子の詰まった袋ごと埋め込むんだ。よその雄の精子袋が先に入っていようものなら引きずり出し、体外へ放り捨てたのち、己の精子袋をメスの腹に埋め直す。ヴァージンのメスなどいたためしがないね。
マリアだってきっとヴァージンだなんて嘘っぱちさ。
ほら、これ。放り捨てられたこれ、丸くて白くて、光沢があって。真珠の半分ほどの大きさで、まさに玉宝。捨てられたって美しい。
ここでオスの一生は THE END。首なしで交尾出来ても首なしじゃ生きられない。彼はこの後口を拭いた紙ナプキンのようにさようなら。ハラハラと地面に落ちて朽ちていく。
首なしで交尾できるってだけで、君はもう人知を超えた神の御業を遂行する使徒に違いない。君は凄い。
ねぇ、これって、死姦…かな。違うよね。違うかな。でも同じ匂いがするよよね。ゾクゾクする。
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