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己の家は500年前の戦争で活躍をした人間の子孫……らしい。と言うのも、己はしがない神社の跡取りで別段特別な事など無い人間だからだ。
ただ、実家はかつて京都と呼ばれたこの西桜国の首都である西京市の東を守護すると言われる青龍神社だ。だから……まぁ、何かしらの縁はあるのかもしれないが。
「周りの幼馴染み達の家は皆が皆四神の名前を冠した神社ですもんね……」
「舞さん、何か言いましたか?」
「何でもないわ、柚子」
不思議そうにこちらを見上げた少女に舞と呼ばれた女性は笑みを返した。
水沢舞ーー東の青龍神社の跡取りで五人の幼馴染み達のリーダー的存在。刀の扱いならば誰にも負けないと自他共に認める使い手である。
その舞を見上げた少女は光野柚子。五人の中では一番幼く、ある意味マスコット的存在だ。柚子の家は西京市の中央にある麒麟社と言われる屋敷だ。
「大輔、あんたまたなんて格好してんのよ」
「格好良いだろ?これが似合うのは世界で俺だけさ」
「お前な……周りの目をよく見ろ」
速風雅、土原雄樹、紅宮大輔。いずれも二人の幼馴染みであり、白虎、玄武、朱雀とそれぞれの名を冠した神社の跡取りである。
五人はいつも一緒だった。無論年齢の差で学校やら何やらは別だったが、何でも無くても自然と集まり遊ぶのが当たり前なのだ。
「似合ってないわよ、あんたのセンス本当に訳分かんないわね」
「このセンスが分からないとは……雅こそ、センスが無いんじゃないか?」
「あははは、そんな事言って覚悟は出来てるんでしょうね?」
「雅、目が笑ってないぞ」
「雄樹は黙ってて」
「…おぅ」
「覚悟?お前に俺が倒せるとでも?」
「へぇ……面白い事言うじゃない」
「こら、こんな道の往来で何してんのよ」
「「…舞」」
今にもそれぞれの獲物を取り出しそうな二人の間に舞が割って入る。その後ろでハラハラと事の成り行きを見ていた柚子はホッとしたように息を吐いた。
犬猿の仲と言うべきか、雅と大輔はどうにも気が合わないらしい。度々喧嘩する二人を仲裁するのはいつも舞の役目である。
「…舞、助かった」
「雄樹なら力技でどうにか出来たでしょうに」
「いや、流石に幼馴染みにそれはな……」
「二人とも、喧嘩はダメですよっ」
「喧嘩なんてしてないわよ」
「そうだぜ、柚子ちゃん。雅が一方的に突っ掛かってきただけさ」
「何ですって!?」
「だから、喧嘩しないで下さい!」
「「っう……!」」
半ば泣きそうな表情で上目遣いに見上げてきた柚子に二人の動きが止まる。なんだかんだで一番弱いのは全員一貫して柚子の涙である。
「…やっぱり、私達の中で最強なのは柚子よね」
「…全くだ」
その光景を見ながら囁き合う。これも日常である。そんな日常が崩壊するときが近付いているのはまだ誰も知らない。
「…もう二人とも、夢で視た通りなんだから」
「夢?」
「柚子、また夢を視たの?」
「あっ、はい……」
全員の視線を受けた柚子は困ったように眉を寄せた。
時折柚子は未来の出来事を夢に視る。それは何でも無い日常だったり、ちょっとした事件だったりする。
「…その様子じゃ、良い夢では無かったみたいね」
「…よく、分からないんです。始めはいつもの感じだったんですけど」
「始めは?」
「はい、今起きた通りの出来事でした。でも……」
「でも?」
「柚子ちゃん、俺達に話せないのかい?」
「いえ……えっと、なんだろう?不思議なモノを視たんです」
「不思議なモノ……?」
全員で顔を見合わせると同時にフワリと不思議な光を纏った蝶が近付いてきた。その蝶は明らかな意志を持って五人の周りと飛ぶ。
「なんだ?この蝶……」
「普通の蝶では無いな」
「その蝶です!」
ふいに声を上げて柚子が蝶を指差す。するとそれを待っていたかのようにふわりと蝶は少女の姿へと変わった。
「…俺は夢でも見てるのかな?」
「何言ってんのよ?あんたお得意の鬼道じゃないの?」
「いや、流石にこんなの見た事無いって」
「そうだな、それにこれはどちらかと言えば……」
「…陰陽術」
舞が呟くと少女はこくりと頷いた。そして、静かに五人を見回す。
「我が主の命により呼びに参りました」
「我が主?」
「呼びにって……」
「運命の時が来たのです、光の神獣の力を受け継ぐ者達よ」
それは変化の始まりを知らせる声だった。
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