序章〜穏やかな世界で〜

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序章〜穏やかな世界で〜

500年前に大きな戦争が起きてかつて一つだったこの国は二つに分かれた。 そんな事は就学過程になった者なら子供でも知っている歴史である。 そう……歴史。今を生きる者達にとってそれは過去に起きた出来事ではあるが、現実味の無い物語でしか無い。 昔々、大きな戦争が起きて沢山の人が死にました。戦争は悲しい事です。もう起こしてはいけません。 学校で習うものなどこの程度のモノだろう。なんせ500年も前の話、それを見た生き証人などこの世界には存在しない。 故に語られるのは過去の文献から導き出した物語でしか無く、そこに生きた人々の感情など誰にも分からない。 「…まぁ、一般の人間ならばその程度の認識の方が幸せなのだろうがな」 ポツリとした呟きと共に繊細な指がパタリと本を閉じる。その人物は静かに机に本を置くと窓から見える空へと視線を向けた。 端正な顔立ちは女とも男ともとれ、知性を宿した瞳はただ静かに空を見つめる。長く伸ばした髪は飾り気の無い紐で首の後ろで一つに縛られていた。 纏う着物は狩衣と呼ばれる物で、シンプルな色合いのそれはやはり性別を感じさせない。 正座し背筋を伸ばしたその姿からは凛とした気配だけが伝わってくる。 「だが、闇は静かに目覚めようとしている。…蜜虫(みつむし)」 ゆらりと空気が揺れて一人の少女が姿を現わす。 年の頃は十代前半程度にも見えるが、その瞳は見た目に似合わず何処までも静かだ。纏う愛らしい巫女装束にも似たそれが殊更に感情の無さを際立たせていた。 「“彼”に連絡を、やはり我々の代で時が来たようだ」 「…」 無言で頭を下げた少女は次の瞬間には姿が消えていた。驚くでも無くそれを見送った人物は再び何処までも青い空を見上げる。その瞳は何処か憂いを帯びていた。 「使命を果たす時など来なければいい……だが、宿命(さだめ)とは残酷なものだな」 “あの日”、未来など知らぬまま出会ってしまった相手。互いを知らないままならただ淡い想い出として昇華されていったのだろう。 「それでも私は己の使命を果たさねばならぬ。…そうだろう?ーー」 紡いだそれは音にならないまま……消えた。
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