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キス
「まあ、初めっからそうするわけじゃなかったが……悪かった」
頭に手を置いて貫太郎がぼそっと呟くように言った。そーなのかよ、なりゆきで俺を餌にしたのかと思うと何にも言わないつもりだったのにぽろんと本音が口から出ていた。
それは責めるというよりは弱音に近い。
「俺がどうなっても良かったのかよ」
「信じるかどうか分からないけど、あんたは俺が絶対助けると思っていた。誰に任せるよりもこれが一番確実だと思ったから……でもあんたには酷だったよな」
肩に手を置こうとした貫太郎の手を体を捻って避ける。
違う、違うんだって。
「俺がなんで怒ってるのか、おまえは分かるか?」
「怖かったんだろ……?」
「違うっ」
貫太郎は首を傾げて俺を見た。本当に分からないんだと思うと小さい子どもみたいに地団駄を踏みたくなる。
「俺に計画を教えてくれなかったことに腹を立てているんだ。俺はそんなに信用ないのか? それともただの駒だと思っているのか?」
ここでも俺はなんの役にも立たないってことなのか? 人に認められないことがどんなに辛いか、自分を必要とされてないのではないかと思うことの絶望を死神なんかに分かって堪るか。
教えてくれたなら、このくらいやるつもりだった。おまえがおとりになってくれと言うのならユンを誘惑することぐらい喜んでやったさ。
「櫂、すまな……」
「役立たずなんだったら、さっさと俺を回収しろっ」
再び手を伸ばしてくる貫太郎を避けようと後ろに後ずさるが、貫太郎はそれに構わず早足で俺の前に来ると背中に手をまわしてきた。
「ごめん櫂、あんたを信用してるから何も言わなくてもいいかと勝手に思ってた。もっと早く助けるつもりだったんだ。傷付けるつもりなんか無かった」
それを聞いて嬉しくなったけど、そんなに簡単にころっと機嫌を直せなくて俺は拗ねたみたいに貫太郎の胸を押した。
「子ども扱いすんなよっ」
「してねえよ」
貫太郎がぷっと笑う。
「そんなすれた子どもなんていねえよ」
「う、うるさいっ」
貫太郎と俺はそんなに体格は違わない。それなのに背中に手を置かれているとすごく安心できて、つい子どもっぽくなってしまう。ぽんぽんと背中を叩かれるなんて、それこそ子ども扱いだ。
「あんたは自分への評価が低すぎる。そこが問題なんだ。天国も地獄も死んだ後にあるんじゃない。生きている現世にあるんだと俺は思う」
ぐっと抱き締められて大人しく貫太郎の声を聞いていた。
「どう生きるかで変わることもある。どうにもならない環境だってな。死んで天国なんて思っていないで「今」を生きることが大事なんだ」
綺麗事だよと思ってしまう。頑張れば上手くいくなんて、世の中は簡単じゃない。
「死ぬつもりの俺にそんな事言うなんておかしいよ」
「うん、そうだな。だけどさ、長いこと死に行く人を見てるから分かることもある。俺だってもっと頑張れば良かったと何百回も思ってる」
――貫太郎。
「この記憶は消えてしまうだろうけど、今度生を生きる時には死ぬぎりぎりまで精一杯頑張ろうと思う。必死で生きた人の魂はとても綺麗なんだから」
なんだか、貫太郎の言葉に涙が止まらない。どうせ、この涙なんて見せかけだったとしても。貫太郎の過去になにかとてつもなく悲しいことがあったんじゃなかったのかとふと思ってしまって。そして自分の今までの不甲斐なさと閉じられた未来に泣けてくる。
どうしてあげたらいいのかと思っているのにだらしない俺は泣くしかなく。泣きやまない俺に貫太郎がおろおろしてる。
「櫂、泣くなよ……俺どうしたらいい?」
「分んないよ……おまえの代わりに泣いてやってんだ……止めたいなら……おまえキスしろ」
「え……」
一瞬たじろいだ貫太郎は、決心したように俺の肩を掴んだ。しゃくりあげる俺の口に柔らかいものが当たって、俺は泣くのを止めた。
――これは、えっと……?
どう考えてもこれはキス……だよな。俺の唇についているのは貫太郎の唇だ。触れるだけの挨拶のようなキスなのに俺の胸は煩いほどどくどくと大きな音を立てる。
「か、貫太郎?」
「止まったか、涙?」
目の前に貫太郎の顔があって、深い蒼の目が細くなった。そりゃ、止まったけど。
「これって」
「何って、キスだろ、キス。あんたしろって言ったろ。涙止まったみたいだな」
貫太郎が決まり悪そうに言う。いや、止まったよ、涙。本当にするんだもん、驚いた。
「おい、何がおかしいんだよ」
「いや、もしかしてだけどさ。おまえキスしたの、初めて?」
ぎくりと貫太郎の肩が動く。
「貫太郎って死んだ時、いくつだった?」
「なんでそんな事聞くんだよ」
貫太郎が俺から離れてベッドにどかりと座った。その姿はどこから見ても二十歳前後に見える。
「貫太郎の見かけって変えられるんじゃないのか?」
観念したかのように貫太郎は頷いて大きく息を吐いた。
「俺が死んだのは十五歳だ。あんたの言う通り見かけの年齢は変えられる。この体は本物じゃないからな。だけどさ、俺はここで、もうあんたの年齢は大きく超えているんだ。今更死んだ時の歳云々って意味ないだろ」
ふてくされ気味に貫太郎が後ろに手をついた。
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