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死神の気持ち
十五歳……だったらキスの経験が無いのも頷ける。そのまま死神になったのなら、きっとキス以外も経験無しなんだろう。
老獪な面を持ちながら、どこかでずっと年下なんじゃないかと思わせる子どもっぽさを貫太郎は持っている。現世での経験が十五歳で止まったまま、彼は年を重ねてきた。死神として長い年月を超えていくというのは現世で歳を重ねる時とどう違うのか、俺には考えが及ばない。
でも言えるのは。
「……そうか、貫太郎、耳年増ってことか」
「あんた、思いっきりばかにしてるんじゃないだろうな。キスは確かにしたことは無かったよ。だって、そんなの誰とするわけ? 招魂士同士なんて危なくてお互いに接触はできるだけ避けるし、死にかけの人を襲うわけにもいかないだろ」
確かに。
「俺は気をつけないとすぐにターゲットに情を移してしまう。それにそれ以上の接触を持ってどうする? 相手はすぐに新しい人生を歩む。あんただってそうだ……残された俺は一人記憶を抱えてここに留まらなきゃいけない」
それが貫太郎の冷たい態度のわけ? でも俺は思う。
「キスぐらいどんなもんか知っといてもいいだろう?」
十五で断ち切られた貫太郎の人生がどうだったのかなんて分からない。分からないけど心が貫太郎に揺り動かされたのは分かる。
ベッドに座った貫太郎の体を後ろに押し倒すように覆い被さってキスをした。
情をかけた相手はすぐにいなくなり、思いだけを残したまま死神として自分だけ生きることの辛さなんてこの時は想像できなかった。
「おいっ、てめっ……やめ……」
上唇と下唇を交互に吸い上げてから輪郭にそって舐めると途端に抗議の声が上がり、口が開いたのを幸いに舌を口内に強引に入れて逃げる貫太郎の舌を捕まえてからめた。飲み込めないお互いの唾液が喉を伝って流れる。
息苦しくて熱くて溶けそうだった。ばんばんと肩を押されるが構わず舌の根を吸い上げると観念したのか、がくんと貫太郎の抵抗が止む。
やっと放してやると、貫太郎が赤い顔で口を腕でごしごしと拭い、立ち上がった。唇を噛みしめて、降ろした両手も血管が浮くほど固く握られている。
「貫太郎、俺……」
「俺に立ち入るな、俺にだって心はある」
貫太郎の瞳が潤んでいる気がするのは錯覚なんだろうか。あと数回魂を招魂したら俺は冥府から新しい人生を送るためにこの体を捨てる。
それまでの付き合いだから? 俺は嫌だ、貫太郎のことをもっと知りたい。貫太郎の辛い気持ちを少しでも緩和させてあげる手伝いはできないだろうか。
いや、俺は貫太郎を……。
「怒鳴って悪かった。櫂はこっちに来たばかりで情緒が不安定なのに。この話しはもう止めだ。今日はもう部屋に帰って休もう、櫂」
さっきとは裏腹に無理やり作った笑顔で貫太郎はいつものように俺に手を差し出してくる。その手を取ればいいのか? 何も無かったみたいに?
「……貫太郎」
「明日も大変だぞ、行こう」
貫太郎はぴたりと心のドアを閉めてしまった。それをノックすればいいのか、貫太郎の言うとおり知らんふりすればいいのか決められない。
それでも貫太郎とのキスは甘かった。体温が倍になったみたいに熱くて汗をかいて……。
――汗? そこで俺は自分の体がさらりと乾いているのに気付いて愕然とした。
見せかけの汗、見せかけの涙。
あんなに濃厚なキスをしたことすら体のどこにも残らない――俺たちは今そんな存在なのだ。この時初めて実感した。
「冥府じゃないと俺達は本当の意味で疲れは癒せない。ベッドは櫂が使え、じゃあお休み」
部屋に戻ると貫太郎はクローゼットから毛布を取り出すと、それを体に巻きつけて床に転がってすぐに寝息を立て始めた。
仕方なくベッドに横になるものの、なかなか眠れない。
貫太郎の言ったことが今頃頭を回っている。今確かに存在を感じている貫太郎をあともう少しで見ることができなくなる。
同じ場所、同じ時を共有していたとしても。そしてそれは遠い将来じゃなくて本当にもうすぐ。頼る相手に勘違いしているんだったら早く目が醒めたい。吊り橋理論だと言うなら証明してくれ。そうじゃなかったら……俺はどんどん先に行ってしまう。
貫太郎の事、好きになってしまう。
いやもうすでに好きかも。
気になって、俺のこともっと気にかけて欲しい。
触れて――欲しい。
でも、貫太郎はビジネスライクにいきたいと訴えていた。俺の気持ちが重たい? すぐに別れたって、大事な思い出としては残らないのだろうか?
こんなことをうじうじと悩むなんて。結局いい歳をして、俺も真剣な恋愛などしたことが無いのだ。 本当の恋なんて俺も貫太郎と同じ、経験なんて無かった。
だからもし、これが本当の恋なんだとしたら。
ただの仕事先の先輩と後輩には戻れない。
だめだと言われれば、それを余計考えてしまう。さっきのキスを思い出してなんだか下半身に熱が溜まる。こんなの見せかけのはずなのに。
どうせ、すぐに消えてしまうのに。
「くそっ、だったら遠慮なく出してやるっ。後始末要らないんだから」
デニムのファスナーを降ろして右手を差し入れると、パンツの中では俺の息子が元気に主張していた。
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