キスのその上

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キスのその上

「なにすんだ、貫太郎」 「あんたが唇噛んでるからだろ。なんでだよ」  なんでって……そりゃ……。  言いたくなくて首を振るが今度は貫太郎の両手で顔を固定された。 「声出したくなかった」 「さっきみたいの?」  即座に言うところをみるとやっぱり……とがっくりきた。 「そうだよ、気持ち良くて出しちゃうのが嫌で。だって貫太郎気持ち悪いだろ?」  はあと息を吐いて貫太郎があきれたように俺を見降ろす。ああ……嫌われた? そうじゃなくてもいい兆候には思えない。 「そういうことか」  貫太郎がぐっと顔を近づける。 「俺は櫂が考えつかないくらい長いこと冥府にいるんだ。とっくに人間のしがらみや因習、概念から解き放たれてる。男とか女とか性差なんかは関係ないよ」  ぐっと喉を喰いつかれるみたいにキスされた。 「だから出したいなら声出せ、櫂」  長い指が鼻先から唇をまっすぐなぞってキスした喉を通り俺の胸に行きつくと、とんと押された。 「あんたはもっと自分を好きにならなきゃ。その前哨戦に俺のこと信じたいなら大丈夫、俺はあんたを裏切らない」 「貫太郎……俺のこと好きって言って。こんな何も持ってない俺でもいいって」 「あんたはすごいもの持ってる。気付いてないだけで、あんたの魂はきれいだ。持って行くには惜しいくらいに」 「ばかやろっ、魂きれいなんてそんなの普通言わねえよ」 「だって本当だ……温かい色だ」  魂が良いってなんだよ。全然分からない。  けどもういい、どこが好きだっていい。俺のこと受け入れてくれるんなら。しがみついていくと貫太郎もぎゅっと抱きしめてくれた。  自分のこと、好きになってまだやれると思えって。そんなこと言ってくれたのが嬉しくて。  死ぬつもりなのに。うっかり生きたいとか思ってしまっていそいで自分からキスをした。  俺は孝也を生かすためにここにいるんだと思い出したら鼻の奥がつんとする。  キスの合間に貫太郎の手がシャツの中に入ってきた。きたのはいいがどうしたらいいのか分からないみたいに見事に微動だにしない。  これって結構な焦らしプレイだ。このまま朝まで動かなかったらなんてつい考えるが、それがあながち冗談にならないかもと汗が出る。  なんたって俺を組み敷いているのは貫太郎だ。今本人が一番びっくりしてる展開に違いない。  なんでこんなことに……? とか思っている? 「なあ貫太郎……いやじゃないなら……そのまま触って」  埒が明かないと意を決して小さく訴えた。 「ど、どこを?」  正体不明の物体を目にしたかのようにぎこちなく縋るみたいな貫太郎の声がする。 「どこでも……貫太郎の手だったらどこでも感じるから」  俺の言葉に貫太郎の手が胸の辺でぎくりと揺れた。 「よし、いくぞ」  貫太郎の顔が真っ赤で蒼い目が潤んでいてなんだか困らせているんだろうけどそそる。少しは脈あるんだろうか?   魂をいいと褒められても、ちっとも実感が湧かない。だいたいどこかの坊主の台詞みたいじゃないか。まったく貫太郎は俺なんかより物知りでたくましくて頼りになる半面、中坊の年齢で死神になったせいか、エロ方面はまるで初だ。  鈍いっていう言葉も足らないくらいの超絶天然さまだ。  もしかして俺の事、人としては好きとか、弟子にしちゃあとか思ってやしないか? そんなんじゃ全然だめ。  ここではっきりしときゃなきゃ。 「貫太郎……俺のこと好き?」 「嫌い……じゃねえ」 「それって好きってことだよな」 「違う」  なんでここで否定すんだよっ。 「貫太郎、好きっ。俺はおまえのこと大好き」 「うるせえっ」  こうなったら襲ってやる、もうキスのその上を教えてやるっ。俺の告白を速攻で無慈悲に打ち返す貫太郎に心の中でそう決意した。組み敷かれている姿勢のまま貫太郎の服に手をかけたら、即座に手を払われる。 「やめろ、何する気だ」  おいおい、この場面で「何する気だ」は完全に愚問だとなんで分からないんだよ。キスしてお互い高まったんじゃないの?  天然カマトト野郎めっ。思い知らせてやるっ。
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