昔語り

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昔語り

「何って、服脱がせてそこら辺全部触りまくって舐めまくるんだよ。覚悟しろ」  そう宣言して腕を立てて逃げようとした貫太郎の背中に両手を回して背骨に沿って何度も往復するみたいに撫でまわしてやった。 「櫂、止めろっ、手を放せって」 「あうっ」  どかっと貫太郎の肘を腹に受けて俺は床に丸くなった。半端無く痛い、これって本当に嫌っていう意思表示なのか? 「悪い、痛かったか?」  目一杯殴ったくせに貫太郎が心配そうに俺に声をかけてくる。 「そんなに嫌なのかよ、俺とこんな事するの……」 「じゃなくて」 「じゃなくて何だよっ。訳わかんねえ」  キレた俺に貫太郎の手がかかるが、今度は俺が手を払った。 「あんたが触ったりしたら、俺が自分じゃないみたいになって困るんだ。自分を制御できなくなる。だから」  それって、それってさ――。 「それでいいんだって。貫太郎、それってやっぱ俺のこと好きなんだよ。怖がらないでいいんだって」  それって意識してるってことだよな。  上がったり、下がったり……。貫太郎相手では遊びでなんてとても無理。この先どう転ぶのかが見えない。こんな経験初めてだった。抱き合ってるのにセックスより相手の心の方が知りたいなんて。  今まで考えもしなかった。 「だとしても……俺に触るな、櫂。俺はこういうの、知らない方がいいんだ、きっと」  乗り上げていた俺から上体を起し、貫太郎は頭をがしがしと掻いた。 「あんたがいなくなって俺、そんときどうしたらいい? 好きになったとして、その心を抱えたまま長い長い時間、どうやって過ごせばいいんだ」  泣きそうな顔で俺を見る貫太郎に何も言えなくなってしまう。だから独りでいいんだとずっと思い詰めていたのだと思うと切なくなる。 「貫太郎……後どのくらい冥府にいるんだ?」 「分らないけど……葵が死ぬときまではここに留まっていなきゃ。約束したんだ、死んだときは俺が冥府に召魂するって」 「アオイってあの女子高校生か……」  ああと貫太郎が頷くのに超ムカツク。なんだよ、それ。俺の事は引きずりたくないのに、アオイちゃんはバリバリ引きずるのかよ。 「アオイっておまえの何なんだよっ」  さっきまでうるうるしてた俺がいきなり怒りモードで貫太郎の腰を掴んだのにやつは驚いている。 「何、怒ってるんだ、櫂?」  何怒ってるのか分からない……のか、貫太郎。なんだか俺の独り相撲に感じてベッドに沈み込むように座った。 「俺は貫太郎が好きだって言ってるじゃないか。特定の女の子の名前なんか頻繁に出されて平静でいられるかよ」 「……櫂」  顎を掬われて顔を上げる。貫太郎は困ったように笑ってた。  よいしょと貫太郎が俺の隣にどっかり座った。さっきまでのびびりっぷりが嘘みたいにいつもの貫太郎に戻っていた。 「どっから話したらいいかな……とても長い話なんだ。聞く気があるか?」  前を向いたまま貫太郎は俺に聞いて、俺はうんと短く答えた。 「俺が死んだのは嘉永っていう年だ。幕府が倒れる直前の混乱した時代、大昔だよな」  幕末? 貫太郎の言ってる意味がすぐには頭に入らない。 「まだまだ、地方は迷信だとか神頼みだとかに縛られていた時代。俺は小さい時に父親を失くし、母や姉と放浪していた。やっと山に挟まれたわずかな土地にへばりついているみたいな寒村に住み着くことができた」  貫太郎の話はあまりにも突飛すぎて相槌も打てない。 「ほっとしたのもつかの間、母親は亡くなり俺と一つ上の姉はお情けで庄屋さんの飼ってる家畜小屋の一角に住まわせてもらいながら二人で下働きをしていたんだ」  目を丸くしてる俺に気づいて貫太郎はへらっと笑った。 「本の中にある昔話みたいに櫂には思えるんだろうな。何も無い生活だったけど、それ以外知らない俺たちは生きるとはこういうもんだと思っていた」  それから始まる貫太郎の話はとても切ない物語だった。  その年は去年の暮れから一日も雪が降らなかった。まれにみる暖冬で村中喜んでいた。勿論、貫太郎たちも住んでいるのが家畜小屋ということで寒くない冬は大いに有り難かった。  ところが、春になっても雨が降らない。おかしいと思いながらもまだまだ暢気だった村の雰囲気が変わったのは梅雨になってから。  田植えの季節になっても一降りの雨も無く、井戸は枯れ、川の水位は驚くほど下がり川底が見える場所があるほどになった。  未曾有の干ばつが村を襲ったのだ。何をやっても雨は降らない。そこで人柱を立てることになり、神主が祈祷して一人の人柱が決まる。  それが、貫太郎の姉の小夜だった。誰も悲しむ系類がいない親無しの自分たちに始めから決まっていたのだと貫太郎には分かって逃げ出そうと姉に言ったが、小夜はがんとして受け付けない。  親のいない自分たちが生きてこれたのは村の人たちのおかげなんだと小夜は言った。恩返しなんだと貫太郎に言い聞かすように。  家畜のように働かされて家畜小屋に住まわされていると思っていた貫太郎は素直に頷けない。それでも最後の晩は母屋でご馳走し、身を清めるという名目で姉はひったてられるみたいに連れて行かれた。  一目姉に会いたくて、本当なら二人で最後の晩を過ごしたかった貫太郎は母屋の床に忍び込んだ。そこで庄屋と神主の話を聞いた。  十二年前に母親は死んだ。その時、三歳の子どもだった貫太郎はその理由を覚えていない。それがこの時と同じ理由だったとを知る。親無しになった貫太郎ら姉弟は天災に見舞われた時のために生かされていたと知って、たまらず姉を助け出そうと床下を飛び出した。  体を清めていなければならないはずの姉は庄屋と神主に凌辱されていた。飛び出した貫太郎も半殺しの目にあって気を失ってしまう。  気付いた時には半日以上も経っていて姉は人柱になっていた。そして……無情にも雨が降ってきた。  恵みの雨が渇いた土地にしみ込んでいくさまを歯を食いしばりながら貫太郎は見ていた。  貫太郎の心に沁み込んでいくのは底なしの憎しみだった。  庄屋、神主の二人だけじゃない。村中のやつらは知っていたのだ。人柱は自分の子どもにはならないことを。だって、そのために子どもを二人飼っていたじゃないか。  何のために生きてきたのか。  いや、何のために生かされてきたのか。  許せなかった。戦おうとしなかった姉さえも憎かった。残された自分の立場を慮ってのことだとしても。  ミンナコロシテヤル――貫太郎は降り止まない雨の中、痛む体を引きずりながら山を登った。一旦降り出した雨は何日経っても止むことが無く、底が見えていた貯水池もなみなみと水をたたえていた。その堰を貫太郎は破る。  長い事、干ばつに喘いでいた山は草木が枯れてとっくに保水力を失っていた。濁流となって池の水は山肌を滑り、川に流れ込む。川は氾濫し、下流にあった村は跡形もなく消えた。
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