最後の仕事

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最後の仕事

 胸がバクバクと激しく動く。  ああ……俺こんな事したかったのか。事務仕事をしていても、ホストになって客に媚を売っても虚しくて砂を噛むみたいだった。孝也に拾われて個人秘書という体の良いヒモになってから、家の事を任されて嬉しかった。  きっと俺は家政夫みたいな事が好きなんだと思っていた。テーブルをセッティングする時どんな食器やクロスを合わすのかを考えるのが好きで。  季節に合わせてファグリックを変えるときの楽しい気持ちとか……。  これだったんだとやっと分かった。突きあげるみたいに押し寄せてくる自分勝手な望みに胸が一杯になる。  生きたい。  生きてやりたいことができた。  貫太郎はいないって言ったけど、それでも神様にお願いしたい。誰に向けて言ったらいいのか分からないから。  生きてみたい――と。だけど現実はそんなことは選べない。いや、選んじゃいけない。そんなことしたら俺は今までの人生同様最低なやつになってしまう。 「俺、このお店手伝いたいです。俺の好きなものばかりあるし、どこに何を置こうか。何を揃えたいか次々と頭に浮かびます。けど……」  その後が続かない。  やりたいと思う心と戦って、最初からどっちが勝つのかなんて分かってる。分からなくちゃならない。  分かってるんだよ、ちくしょう。  腰を折るみたいに頭を下げると大野さんはいやいやと手を振った。 「すみませんな。無理なことを言ったわたしが悪い。往生際が悪いとはこのことでしょう。店が上手くいかなくても、それはそれで仕方ない」  頭を上げた俺は店じゃなくて二階の住宅部分にいた。蔦の模様が彫り込んであるアンティークのベッドが対で置いてある部屋の窓側のベッドに大野さんは寝ていた。 「裕子さん…先に……行くね」  大野さんがそう言ったのを、確かに俺は聞いたけど実際は大野さんはもうこん睡状態だった。生きている人たちには聞こえていない。 「わたしの場所を取っておいてね、守さん」  奥さんが大野さんの手を握った。聞こえていたはずなんてないのに奥さんは大野さんの言葉に答えたように彼に語りかけた。最後の別れを交わしたみたいに、小さい気配がして大野さんの光は青に変わる。胸からすっと上がってきて組み合った手の上で転がった。 「お亡くなりになりました」  医師の声がして、その玉を拾って容器に入れた。  愛する人に看取られる最期はなんて穏やかなんだろう。春の陽だまりの中で死に行くことができた大野さん。あんな素敵な店を作れた大野さんがうらやましくてならなかった。  もう一度やり直せるなら、俺はもう間違わないのにと強く……思った。 「大野さんの魂」  塀の向こう側で待っていた貫太郎が俺の言葉に手を出した。渡し際に手が触れたけど貫太郎は何事もないようにポーカーフェイスで鞄に入れる。 「いい最期だったよ、大野さん」 「……そうか」  その後、しばらく無言がつづく。それを見咎めるように空から「カア」と鳴き声がした。 「ちょっと白」  嘴の一部分が白い鴉が貫太郎の肩に舞い降りる。 「カアカア」 『ちょっと白』の鳴き声に貫太郎がうんと頷く。 「俺、急ぎの仕事が入ったんだ。この場所に次のターゲットがいるから先に行ってくれないか。俺も仕事が終わったらすぐに行くから。行く時は歩きで行け、いいな」  一人で?  いや、できる。貫太郎なんかいなくってもいいと腹を括った。 「『ちょっと白』を付けるから、なんかあったら連絡してくれ」  俺のスマホに地図とメモを送り、貫太郎は鴉に姿を変えると空に飛び立って行った。 「おまえ、頼りになるの? 実はすっげー強かったりするのか?」  俺の問いに『ちょっと白』は「カア」と一声鳴いただけだった。  鴉だから、それも当然なのか? でも貫太郎には『ちょっと白』の言葉が分かっていたみたいだった。  俺の気持ちなんか、てんで分かって無いくせに。大野さんの魂を渡した時、時間をかけ過ぎだと文句を言われるかと思っていた。だけど、もう貫太郎は無駄口はきかないとばかりに何も言わなかった。  きっとさっさと済ませて俺とおさらばしたいに違いない。どこにひっかかって俺の自殺を止めようとしたのかは分からないが、今は断然後悔しているだろう。  変なものを拾ってしまったと。めんどくさいなんて思っているかも。思えば思うほどいい事なんて考えつかない。  一緒にいたいと思っていたのは自分だけなんだと思うと辛い。また繰り返し錯覚をしていたのか。  でもいくらそんなことを考えてみても仕方ない。スマホに送られたURLをタップすると地図が表示され、俺でも知ってるこの付近では一番大きな病院にマークが付いていた。  魂を招魂するなら当然病院は外せないだろう。でもターゲットの名前が記されてない。病室の番号だけが書いてある。  行けば分かる――そんなとこか?
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