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待ってくれ
貫太郎の手が離れ、手は俺の胸に置かれた。
「あんたは嫌がるけど……あんたの魂はとっても綺麗だ。あんたが死にかけた時、あんまり綺麗な色に俺は招魂できなかった。あんたのこの先を見てみたいと思った。あんたはとっても綺麗なんだよ」
「……貫太郎」
貫太郎の言葉は、前みたいに嫌じゃなかった。魂の美しさを俺は知ったから。そこに惹かれたというのなら素直に嬉しいと思う。
「貫太郎、俺を助けてくれてありがとう」
俺の額に貫太郎の唇が落ちる。顔を上げると蒼い瞳に俺が映っていた。深い海の底に俺はいる。貫太郎の瞳は悲しいほど蒼い水の色だった。
「櫂、あんたが好きだ……ずっと見てるから」
貫太郎に俺だって好きだと応えようとしたのに、声が出ないことに驚いた。
待って、待ってくれ。
まだ、貫太郎に言いたいことがあるのに。
俺だって貫太郎のことずっと……。
それなのに俺は突然暗闇に落ちたように意識を失くした。
眩しくて目を開けるとそこは病院の特別室だった。顔を横にすると、椅子に座って孝也が本を読んでいた。パソコンと本を読むときにかける眼鏡姿はいつも通りだ。
帰ってきたんだ。
嬉しいはずなのに、今は悲しくて寂しかった。俺の生きる明日に貫太郎はいない。
「孝也」
酸素マスクをはぎ取ってそっと呼びかけると孝也の膝からばさっと本が落ちた。
「櫂、目を覚ましたのか? 良かった……」
駆け寄って来た孝也に強く抱きしめられて眼鏡が当たる。強気で余裕のある姿勢を崩さなかった孝也のこんな姿にほだされてしまいそうになる。
でも、俺の行く末を見てみたいという奴が俺にはいる。
「孝也、ここのお金も今までのお金も直ぐには返せないけど、ちゃんと返すから。今まで俺を甘やかしてくれてありがとう。俺を拾ってくれてありがとう」
「櫂?」
「俺、家を出るよ」
俺は最初からこれを言えば良かったんだと――そう思った。
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