あの子は誰だ?

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あの子は誰だ?

「じゃあ、どんな仕事がしたいんだ? 例えば上司の部屋でセックスする事とか?」  ああ、もうしてたかと貫太郎は意地悪く笑った。 「誰もが自分のしたいことを仕事にできて、楽しく毎日生き生きと暮らしているとでも思ってるのか? そんなことあるわけないだろう」 「俺だって好きでヒモみたいな事やってるんじゃないっ。仕方ないじゃないか、何やっても上手くいかないんだっ」  だって、やりたいことも別に無いんだ。仕方ないじゃないか。やりたいことがあるなんて俺に言わせればとんでもない幸せだ。何の才能も持ち合わせていない者にどうしろって言うんだ。  貫太郎が乱暴に付き放す。自分が落ち着くためか、大きく息を吐いて鞄から書類を出した。 「日々生きるために働く。できることをする。しがらみでやらなきゃならい人だっている。言っとくが、これあんたが自分で名前書いたんだからな。あんたのツレは死んじゃいない。あんたと同じ仮死状態だ。二人の内どっちかを助けてやるって条件だったら?」 「なんだって?」  死んでない? 孝也が? 「本当? じゃ、俺の魂を持っていけよ。孝也は助けてやってくれ。今でいいから、早くっ」  縋る俺を貫太郎は邪険に払った。 「このままだ? バカ言うな。助けるっていうんだったら、それなりの上乗せがいるんだよ。てめえの命くらいでツレを助けたいなんて図々しいにもほどがある」 「そ、そうだな。虫が良すぎるよな。分かった、やる、やるよ」  孝也を殺してしまったことを無しにできるなら。頑張るしかないじゃないか。こんな役立たずの身が役に立つのなら、少なくともこの仕事はがむしゃらにやるしかない。 「あんたに回る仕事は楽なのばかりだ、安心しろ。んじゃ、今から行く?」  さっきまでの険悪な雰囲気はすっぱり消えて、会ったときのお気楽な顔で貫太郎は笑いかけてくる。  だけど。  さっきのがきっと貫太郎の本当の顔――なんだろう。こいつは死神なんだということを俺は忘れちゃならない。 「注意点を言っておく」  貫太郎が学生が帰って行くのをのんびり見ながら言い出した。もうしばらくすれば、教室に帰ってこなかった少女を探して大騒ぎになるだろう。 「さっきの死んだ子、助けてやりたかったな」 「一つ、ターゲットに感情移入しない」 「あの化けもんになった娘だって、分かってりゃ助けられたんじゃないのか?」 「一つ、ターゲットが死ぬまでは接触しないこと」 「おい、聞いてるのか、死神っ」 「一つ、魂を受け取る前にきちんと名前を確認すること」 「聞けって」  むかっ腹が立って貫太郎を睨みつけた。すると、貫太郎が大きなため息をついて顔を逸らせた。 「俺らの仕事は魂を無事に冥府に送ることだ。第一、リストに載った人物の命を助けるってのは簡単じゃない。あんた、人のことにかまけていられる立場なのか? 今あんたはツレの命分を稼がなきゃならないんだぜ」 「そ、それはそうだけど」 「だったら、今から魂を迎えにいく人間全部が可哀そうな運命だったとして、その全員の命をおまえが働いて返すのかって聞いているんだよ。安い偽善なんか持つな。仕事から抜けられなくなるぞ」  よっと、手すりに腰をかけて下を見ている貫太郎に何も言えない。言ってることは正論なのだろうけど割り切れない。  ちょっと声をかけて。そうすればあの娘は助かったんじゃないかと思うと俺が見捨てたように感じてしまう。  どうにかできたんじゃなかったろうかと思ってしまう心を持ってちゃいけないのか? 「人一人分って言っても、懲罰分含めると一人じゃすまない。お人好しはいいが、そんな事してる間にツレはあっけなく冥府に行ってるかもな」 「……んな……」  貫太郎の言葉に酷く傷ついて声も無く校庭を眺めていた。 「カア」  それまで大人しく貫太郎の傍に止まっていた嘴の一部が白い鴉『ちょっと白』が一声鳴いて下に飛んでいく。下には一人の高校生が歩いていた。長い髪のちょっと美人系の女子高生、それに向かって『ちょっと白』が一直線に飛んでいる。 「なあ、おまえの相棒何する気だよっ」  驚く俺をよそにその少女は鴉を見てにっこりと笑った。鴉を怖がらない女子なんてあんまりいないと思う。 「『ちょっと白』久しぶり、おまえの相棒はどこよ。ねえ、今日は家庭科の実習でクッキー作ったの、食べる?」 「カア」  自分の肩にのった鴉に少女は友達みたいに話かけていた。 「分かった。あげるから待ってね。それと貫太郎にも手紙書くからさ、持っていってね」 「カア」  少女は鞄から取り出したビニール袋の中からクッキーを一枚取り出して鴉に咥えさせると手帳を一枚破ってシャーペンで何かを書いた。それを細く折りたたんで鴉の足に結ぶ。鴉は器用にクッキーを食べると、すいっと少女の肩から飛び上がった。  ほどなく戻ってきた鴉の足に結び付けている紙を取り上げて貫太郎は一瞥すると「ふん」と鼻を鳴らしてデニムのポケットにねじ込む。  少女はしばらく探すように上を見上げていたが、結局貫太郎を見つけられなかったのかバイバイと適当に手を振って歩きだした。  ――今のは何だ? あの娘は誰だ? 霊感は無さそうなのに何で貫太郎を知っているんだ? 「なあ、あの娘って……」 「葵に構うな」  ぱしりと切るみたいな貫太郎の口ぶり。  アオイって言うのか? 死神のくせして人間と友達なのか? しかも結構可愛い女の子じゃないか。 「なあ貫太郎、おまえあのアオイちゃんのこと好きなのか?」  からかってやろうと思ったのに、貫太郎は黙り込みその先を続けることができなくなった。
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