思い出

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思い出

 沈黙が続いてそれをどう破ろうと思い出した頃、貫太郎が唐突に喋り出す。 「あいつとは約束があるだけだ。そうだ、あんたに言っとくけど。ターゲットと変な約束なんてすんじゃねえぞ。えらい目に合うからな」 「貫太郎?」  そりゃまるっきりおまえがやっちまったことなんじゃないか? あのアオイちゃんと。見かけや言葉のきつさに隠れて見えて無かったものがちらりと覗いた気がした。  あの娘はきっとターゲットだったんだ。何があったのか、貫太郎を問い詰めようかと思ったが止めておいた。なんだかそれを今聞いても答えてはくれない気がする。 「俺の仕事教えてよ、貫太郎」 「ああ?」  貫太郎と目が合ってわざとにっこり笑う。それを見て「なんだよ気色悪いな」貫太郎は口をへの字に曲げた。 「ちょっと待てよ、あんたのは……」  鞄をごそごそと探っていた貫太郎がスマホを取り出した――え? スマホ? 驚いて貫太郎の手の中にある黒い物体を見つめた。 「それ、スマホだよな」 「あんた、見たことないのかよ」  口先だけで言葉を返しながら貫太郎が指でタップし、スクロールしているのはどう見てもスマホだった。今時の死神はスマホ使うのか? 「ここから近いのはこれだな。地図アプリって便利だよな。昔とは大違いだぜ。現場に行ってから詳細を話すよ」  ――え~っ。  貫太郎がはいと手を出すのを知らないふりをしてみる。 「ったく遠慮すんなって」 「遠慮なんかしてない」 「じゃあ、来いよ、急ぐんだろ」  ぐいっと手を引かれて貫太郎の腕に抱きこまれる。硬い筋肉の感触にどきっとする。     孝也のジムで鍛えられた体の感触をふいに思い出して目の奥がツンと痛む。孝也は縁故採用のくせに仕事には真面目で朝から晩まで慌ただしく働いていた。そのストレスを発散させるためなのかどうか、やたらと俺を構う。  絶えず、側に置いておきたがるし、すぐ触り、キスをする。  まるでペットの小型犬のようだ。孝也の空いてる時間にすぐに尻を出せるようにじっと主人を待ってる犬。  舌を出してひたすら待っている。  俺を見て触れて、そして挿れて欲しいと涎を垂らして主人の命令を待っているんだ。  それでいいのかと思うこともあった。  だけど俺にはそれしかなかった。したい事もできることも他に何も思いつかなかった。  ――あの時だって……。 「……そ、そこっ……んっ…もっと奥っ」 「ここ? ……いいの?」 「ああっ……いいっ……先イッていい?……も……」 「だ……めっ……」  孝也の大きな手に根元を掴まれてひっと小さく呻いた。背中が机に当たって痛い。スーツの上しか着て無い俺は前を寛げているだけの孝也の肩に足を絡ませて喘いでいた。  孝也の服を汚さないように俺のにもゴムがつけられている。その透明なシリコンゴムの中で息苦しいと訴えるように、俺のモノはだらだらと涎を垂らしていた。 「手……放して……んんっ」  くっと喉を鳴らす孝也の速度が上がって必死で耐えていると、孝也にぐっと耳を噛まれた。 「ああっ、櫂、おまえやっぱ良いっ……俺さ、近く結婚するけど、おまえと別れないから……ずっと続けるから……くっ、締めるな……って、ううっ」  孝也がイッて、俺から手を放したけど、あれほど張りつめていたものが嘘みたいに冷めてしまった。  結婚? なんでそんな大事な事、今言うんだよ。  ショックを受けた俺に構わず、孝也のモノがずるっと抜けていった。 「孝也、結婚って……」 「社長の娘なんだ。声がかかってさ。断る理由も無いし受けたよ」  断る理由がない――そうか、そうだよな、別に俺は孝也の恋人じゃない。ただの欲の発散相手、飼われてる犬だ。  なのに何でこんなに悔しいのか。  黙り込んだ俺に孝也が驚いて手を伸ばしてきた。 「どうした? 今のままでいいって言ったのに。家だって出て行かなくていい。何で泣いてるの、櫂?」 「放せよ」  デスクの際に投げ出されていたスラックスと下着を取ると荒っぽく着込む。孝也は首を傾げながら吐き出した欲が入ったゴムを外すとテッシュに包んでゴミ箱に投げ入れた。  スラックスのジッパーを引き上げて腕を組むと今まであんな淫微なことをやってた気配も感じさせない。 「機嫌直せよ、なあ帰ったらまた可愛がってやるからさ」  腕を掴まれて無性に腹が立ってきた。 「放せ、終わりだよ俺達っ。孝也どういうつもりで、そんなこと言うのか理解できない」 「何を怒っている、櫂?」  そしてもみ合いになって俺は――。 「あんた、何ぼうっとしてんだよ、おーい帰ってこーい」 「……貫太郎?」  今俺に手を回しているのは死神だった。いつの間にか意識は孝也を殺しそうになった時に戻っていた。  そしてやっと分かる。孝也が何も変わらないと言ったことが、耐えられなかったんだ。  男の腕に抱かれる。  こういう場面で意識してしまう俺は真正のゲイだ。女には興味が無いし、貫太郎の見た目はすごく好みの部類である。年下っぽいのと線がちょっと細いことを覗けば全然オッケーのはずなのに。  今は嬉しく無い、まったく嬉しく無い。 「やっぱ、歩きで行かねえ?」 「行かない」  ああ、そう。 「うるせえぞ、行くぞ」 「でもやっぱ……んぎゃああっ」  もの凄い風の中必死で貫太郎にしがみついていた。
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