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「つかさぁ、お前、いい加減、それ止めろよ。寺川って呼ぶの。」
「別に良いじゃない。寺川で。入社してからずっとそうなんだし。」
「でもお前も直ぐに寺川になる。」
「ん?」
「これ、渡しておくからお前の欄書いて。」
そう言うと鞄から一枚の用紙を取り出した。
「婚姻届?」
何から何まで用意の良い寺川に笑えてくる。
「何がおかしいんだよ。」
「だって、さすがデキる男は違うね。仕事が早い。分かった、後で書くね。うちの親もきっとオッケイだよ。漸く片付くって大喜びするよ。」
「後はプロポーズだけだな。」
寺川はそう言いながらまた私の体を抱き寄せる。
「順番が前後しちゃってるけどね。」
私も寺川の体にそっと腕を回す。
「あっ、雨上がったね。月が出てる。」
ベッドサイドにある窓から月が見えた。
「本当だな。寒月は綺麗なんだよな。」
「かんげつ?」
「ああ、今夜みたいな冷たい空気をした夜に出てる月だな。光が冴え渡る。」
「ほんと、普段とは違ってそういうところロマンチストだよね。ねぇ、また月とか星の話とかいっぱいしてね。」
「普段とは違ってってなんだよ。それに天文サークルは地味でイケてないんじゃないのか?」
「まだ根に持ってたの?別に寺川がイケてないとは言ってないよ。」
「まぁ、良いよ。それよりも早く俺の所に来いよ。この前、新しい望遠鏡買ったんだ。これからは離れて同じ月を見るんじゃなくて、二人並んで一緒の月を見ような、この先もずっと。あっ、やべぇ、プロポーズの言葉言っちゃった。めちゃ、考えてたのにぃ…マジかよ。」
「もぉ、ほんと、止めてよぉ。グダグダじゃん。今の聞かなかった事にするっ。」
だけど嬉しかった。
私も同じ事を思っていたから。
これからは二人肩寄せあい、同じ月を見ようねって。
月の満ち欠けのようにいつだって円満じゃない時もあると思う。
月が見えない暗い夜もある。
けれど必ず月はそこにある。
穏やかな優しい光で私達が歩んでいく道をそっと照らしてくれるはず。
もう、私は迷わない。
見失わない。
「由香里、幸せになろうな。愛してる……ずっと。」
ゆっくりと寺川の顔が近付いてくる。
「私も愛してる……それからーーー」
ーーーーメリー・クリスマス
どうか、私のこの思いも伝わりますように。
私はゆっくり瞼を閉じた。
窓の外ではさっきまでの雨が嘘のように月の光が優しく私達を照らしていた。
「雨上がりの月に照らされて。」
終
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