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実奈実は、軽く背もたれに体重を預ける。一呼吸置いてから、答えた。
「どうとも思わない、ってことはない」
「そう、ですよね」
「多分、明日磨くんが今思ったのとは違う意味でだよ。どこで生まれたかなんてことは気にしないけど、そのために君が受けてきた仕打ちのことを考えると、どうとも思わないわけないよ。少なくともその分は、いい目見させてあげたいって思う。なんて、適当かな。ちゃんと本音なんだけど」
最後は微苦笑しながらそこまで言うと、実奈実はストローをくわえた。
水の味しかしなくなった液体を吸い込み、自分が生んだ沈黙に気まずくなった美奈実がふと眼をやると、明日磨が深くうつむいている。
「え、どうかした?」
「どうして」
「え?」
明日磨の表情は、実奈実からは見えない。だが、少年の丸めた背中は小刻みに震えている。
「どうして、薫子さんも実奈実さんも、そうなんですか」
「……ああ。もしかしてあたし、お姉ちゃんと同じこと言ったりした?」
こくりと、明日磨の頭がうなずいた。
「僕は、どうでもいいことだと思いました。生まれた場所なんかのことで大喜びしながら同級生を嗤って喜んでるような連中、僕にはどうしようもない。だから、ただ我慢してればいいと。いつか、そうではない人たちが僕の前に現れるはずだ、それまでの辛抱だって。でも僕は、家の外の世界は学校しか知らない。その学校では、あの馬鹿げた中傷が、『やってはいけないことではない』んです。そんなところにいながら、宛てもなく他人に期待するって、更に馬鹿馬鹿しいことなんじゃないかって思った」
明日磨の、黒い前髪で隠れた目元から雫が落ちる。
「それでも、信じてました。でも、こんなに早く出会えるとは思ってなかった。本当は辛かった。我慢できるってことは、痛くないってことじゃない。それが長く、長く続くことを覚悟してた。その我慢が、こんなに早く……二人も……」
目元をぬぐおうとする明日磨に、実奈実は小声で、
「目、こすらない方がいいよ。お姉ちゃん戻ってきた時、腫れてない方がいいでしょ」
と告げる。
「顔洗っておいで。今のうち」
明日磨は、顔を赤らめながらそそくさと手洗いへ立った。
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