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放課後。
学生服姿の柊明日磨は、夕暮れのファミリーレストランの中で、右隣に座る女の顔を見上げた。
女の、長い黒髪の中の目が、気まずそうに伏せられている。
それから明日磨は、正面に向かい合わせで座っている、もう一人の女にも視線を巡らせた。こちらの髪はライトブラウンのセミロングで、やや勝ち気そうな目つきが印象的だった。幅広のベルトの腕時計が、さらに彼女を強気に見せている。
二人とも、中学一年生の明日磨よりはいくらか年上だ。セミロングの方はやや若いが、黒髪の方は明日磨とは一回り近く歳が違う。
正面の女が、にっこりと笑って口を開いた。
「で、お姉ちゃん、説明してくれる? 柊君だっけ、こんなかわいい中学生の男子を、なんで部屋に引っ張り込んでたの?」
黒髪の女が、びくりと身をすくませて、震える声で答える。
「ひ、引っ張り込んだわけでは……ないんです。ただ」
「ただ?」
――薫子さんて、妹さんにも敬語なんだな。そういえば、僕にも未だに敬語だもんな。
そんなどうでもいいことを考えてから、明日磨は、果たして自分は何をどうすれば薫子を助けられるだろうか、と思考を方向転換させる。どうもこの大人しい姉は、妹から糾弾されている様子だからだ。それも、明日磨が薫子の部屋にいたせいで。
黒髪の女の名前は、風崎|薫子。この春に明日磨と知り合って、もう半年近くになる。
セミロングの方は、その妹で、風崎実奈実という。大学二年生だ――と、ついさっき自己紹介された。
「あたし、超びっくりしたんだけど。近く来たついでにサプライズでお姉ちゃんとこ顔出してみたら、一人暮らしのはずがこんな子連れ込んでてさあ。凄いね、髪の毛細くてツヤツヤでサラッサラ。色白ーい、美少年じゃん」
明日磨は、少しばかり憮然として割り込んだ。
「実奈実さん。僕、引っ張り込まれても連れ込まれてもいません」
「ほほお」
「そ、そうなんです、実奈実。私は明日磨くんを決してそんな」
その時、スマートフォンの着信音が響いた。
「あ、わ、私です。明日磨くん、ちょっと失礼します。実奈実、明日磨くんに色々言わないでくださいね」
実奈実はひらひらと手を振り、薫子が通話スペースへ向かう。
「僕、ちゃんとご挨拶してませんでしたよね。柊明日磨と言います。朱鷺橋中学の一年生です」
「よろしく。ところでお姉ちゃんに電話してきた人、彼氏かもね。長くなるかもなー」
へえ、と明日磨が薫子の後姿を見やる。
「へえって。妬かないの?」
「僕は、そんな立場じゃありません」
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