1/6
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 公園の広場には人だかりができていた。しかし、その人々の視線の先にあるのは、大道芸の類ではなかった。そこには一つの扉があった。その周囲に壁などはなく、扉のみがあるのだ。その手前には、美術展で見られるようなキャプションボードがあり、そこにはこう書いてあった。 『異空間への扉です。ご自由にお使いください。』 人々は一笑に付した。異空間などすぐに信じる方が難しい。それに、その扉の見た目も、その肩書にあまりにそぐわないように感じられた。アパートの扉のような、重厚感も風格もないありふれた扉なのだ。  この公園には様々な美術館や博物館が建っている。その展示物の一つに違いない。誰かが口にしたその言葉にほとんどの人が同意した。しかし、だからといってドアノブに手をのばす者は現れなかった。  そんな中、一人の男が扉に近づき、まじまじと観察し始めた。息を呑んで見守る群衆に、彼は向き直って得意げに話し始めた。 「『扉』というのは、もともと一つの世界と別の世界をつなぐ道具なのです。どのような見た目でも、それは変わりません。このように広場にポツンと扉を置かれ、『異世界への入り口ですよ』といわれると、異世界などないと思いながらも、心のどこかで別の世界を意識してしまう。今の皆さんの状態がまさにそうです。説明書きを笑いながらも、この場を離れることができない。怖くて扉を開けることもできない。この作者の狙いはまさにそれなのです。ありふれたドアを広場にただ置くだけで、皆さんの心の中に異世界を作ってしまった。常識を覆す現代アートの(かがみ)といえましょう。」  聴衆から拍手が起こった。確かにそんな気がしてならない。全くしてやられたと口々に言いながら、満足した様子で人々はそこを後にした。一気に熱は冷め、広場の空気はいつものやわらかさを取り戻しつつあった。しかし、程なくして広場に再び緊張が走った。扉の方から悲鳴が上がったのだ。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!