2/6
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 扉から人々が離れ始めてすぐ、一人の青年が扉に近づいた。 「なら、この扉の向こうは異空間でも何でもないわけだ。」 そう言いながらドアノブを回した次の瞬間、彼は消えたのだった。その瞬間を目の当たりにした女が悲鳴をあげたというわけだ。  事情を聞かれた女は、歯を鳴らして震え、扉を開けたら黒い空間が見え、そこに吸い込まれて行ったと語った。 「ばかばかしい。」 屈強な体をした男はそれを聞き、ドアノブに手をかけて言った。 「女性は夢見がちだから異世界など信じてしまうのでしょう。その若者にうまく担がれたんですよ。まあ、見ていなさい。」 引き込まれても大丈夫なように、彼は一応、片手で扉のフレームをつかんでいた。それにもかかわらず、扉を開けた瞬間、声を上げる間もなく男は闇に引きずり込まれ、扉は勝手に閉じた。  群衆はどよめいた。扉の反対側から見ていた者も、何が起きたのか分からなかった。ある者は走って逃げだした。またある者はその場にへたり込んだ。その場の誰も、目にしたことを理解できなかったが、その扉がただの扉ではない事だけは明らかだった。  そんな中、今まで女を(いた)わっていた好青年が意を決して立ち上がった。 「僕が行って彼らを連れ戻しましょう。」 汗をぬぐいながら扉に近づく彼の肩に、一人の男が手をかけた。 「止めないでくれ。僕だって震える脚に(むち)を打って歩いているんだ。一度止まってしまえばもう二度とこの勇気は湧かない。」 振り払おうとする青年に男は静かに言った。 「何も対策を立てずに行くのは勇気ではない。一度落ち着こう。彼らが戻ってこないところを見ると、一度入ってしまったら戻ってくるのは容易ではないのだろう。縄を君の腰に巻いて、その端を木に巻き付けて行くのはどうだろうか。私たちは扉が閉まらないように押さえておく。そうすれば君も少しは安心できるのではないかな。私には勇気がないからそれくらいしかしてやれないが。」 青年は安堵(あんど)の涙を流し、首を縦に振った。  人々は、各々の上着を脱ぎ、互いにきつく縛った。協力を拒む者もいたが、それで言い争いになるほど彼らの心には余裕がなかった。扉を前に命綱を体に巻き付け、青年は大きく息を吸う。男はドアノブに手をかけ、それをさらに他の者が押さえている。三人は目を合わせ、頷き合った。男がドアを開けると同時に青年は目を閉じた。引き込まれる感覚は、どうやら見た目ほど大きなものではないらしい。しかし、すでに扉の向こう側に着いているのだろう。彼は耳をそばだてた。しかし、聞こえてきたのは人々の間の抜けた戸惑いの声だった。おそるおそる目を開けると、男二人に引っ張られだ扉が目の前でただ口を開けていた。扉の向こう側には、黒い空間などではなく、公園の木々と見物の人々が見えていた。  この出来事は大きく報道された。夕方までに6人の男女が扉を開けて消えたという。その直後に再び扉を開けた者もいたが、その時には既にただの扉に戻っていたのだそうだ。公園を管理する東京都は、この件との関与を否定した。そして、安全のために扉を強化ガラスで覆うと発表した。消えた人々が帰ってくる可能性がある以上、壊すことも撤去することもできないということだ。  この扉が現れた理由に関しては色々な説が飛び交った。宇宙人の攻撃、テロ、心霊現象、テーマパークの手の込んだ広告、人類の選別と言う者まで現れた。ただ、これのどれも人々を納得させることはできなかった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!